佳き日に







「ただ、あの頃は恋慕よりも憧れのほうが強かったですね。」

「憧れ?」

「エナカさんは秘密警察の中でも群を抜いて強かったじゃないですか。」


白川はそう言って微笑んだ。


「憧れが好意に変わったタイミングは分かりません。始めはただのお節介だったのかもしれないです。エナカさん辛そうでしたから。秘密警察をやめた直後は。」


苦い思い出だ。

エナカは唇を噛んだ。

雨が死んだ後、エナカは必死に気を紛らわせていたのだ。
有名な漫画や本を一日かけて何冊も読んだ。
一日中油絵を描いた。
ビートルズの音楽を聞き続けた。

秘密警察に所属していた頃にだいぶ稼いだのでお金には困らなかった。
だが、何かに没頭していないと辛いことばかり考えてしまう日々だった。

どうして私だけ生き残って家族も雨も死んでしまったのだろう。
そんなことしか考えられなくなって。
辛い。
楽になりたい。
逃げたい。

死にたい。

思考が最後に行き着くのはいつもそのことだった。

だが、そこでいつもエナカを生に押しとどめていたのは雨の言葉だった。