理絵は父親の思い出が少ない。

まだ幼かった小学生の時に父親が亡くなってしまったというのもあるが、宏が死ぬ前の二年間は訓練と仕事で、ほとんど家に居なかった。

理絵には小学生高学年の頃に父親と遊んだ記憶が無い。

ただ、宏が死ぬ直前の休暇を終え自宅を出る時に、理絵の手を握り締め

「理絵、全然、遊べなくてごめんね。宇宙へ行くお仕事が終われば、たくさん休みを貰えるから、夏休みとかに、世界中どこへでも理絵の行きたい所に連れて行ってあげるからね。でも、その頃には理絵も中学生になっているから、友達とだったらいいけど、もう、お父さんとなんか行きたくなくなっているかも」・・・

にこやかに喋りながら笑っていた父の顔と手のぬくもりが忘れられない。

それと父がビールなどを飲むと話していたことで覚えている事がある。
それは父のおじいさん、つまり理絵から数えると三代前までは四国で造り酒屋を営んでいたという話である。

地名も聞いたのだが、そこまでは、はっきりとは覚えていない。
とにかく蔵があって広い家だったそうで、子供の頃は酒の粕を焼いて砂糖をつけ、腹いっぱいになるまで食べていたらしく

「今、自分が酒に強いのは、その頃の影響だ」とか言っていた。

そういう話は家族の誰彼なく、たまにしていたので四国という土地に、何かしら親近感が家族みんなに昔からあった。

直も、そうだったみたいで、大学の夏休みに勇太や友人を誘い、四、五人のグループで
「お四国、一ヶ国巡りに行ってきます」とか言って出かけていた。

理絵や由紀の今回の八十八ヶ所巡りは、直接の理由は直や勇太さんの無事を祈る旅であったが、父親の冥福を祈る旅でもあった。