彦五郎宅にて

「歳三遅いねぇ。」

のぶは溜息を漏らしながら彦五郎に顔を向けた。

「拗ねて何処まで行ってんのやら。」

すると、門の方から聞き慣れた声色が聞こえた。

やっと帰ってきた、と安堵しながらのぶは門へ向かった。

「早く上がりなって。今日は泊りなさい。」

土方はよっぽど不機嫌なのか、頷きもせずに門をくぐった。

だが、土方の動きが妙だったのだ。

(歳三…。ずっと拳を握っている…。)

土方は両手の拳を握ったまま颯爽と歩いていった。

のぶは拳の真相を直ぐに追求したいのだが、今の土方に下手に話しかけるのは止めておきたい。

仕方なく土方の泊まる部屋の用意と風呂の準備をするのだった。

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そんな日が毎日続き、土方は遅くに帰ってきては拳を握ったまま。

一週間も過ぎ、ついにのぶは土方に口を開く。

「歳三。なんでいつも拳を握ったまんまなんだい?」

朝出かける用意をしていた土方の動きが一瞬止まり、再び動き出した。

「…何もねぇよ。」

のぶに背中を向きながら呟くように応えた。

のぶは自分の弟が何のために拳を握るのか、皆目見当がつかない。

疑惑を抱いたまま、土方はいつものように出かけて行ってしまった。

はぁ、と溜息をつくと彦五郎がのぶを呼び止めた。

「貴女も気になるかい。」

「彦五郎さんもお気づきで。」

彦五郎は顔をしかめて考え込む。

「歳は素直じゃないからな。理由は時が来るまで言わないのだろう。」

「時…ですか。」

「長く待とうや。」

彦五郎はいつもの微笑みでのぶに振り返った。