腹部にかかる圧迫感に、途切れていた意識がわずかに引き戻される。
「レシア……?」
いつにない必死な様子のアウレシアを、イルグレンは訝しげに呼ぶ。
「この馬鹿、グレン!! なんだって剣を抜くんだよ。普通は抜かないんだ。血が流れるだろうが!!」
「――そう、なのか…? 刺したままでも耐えられなかったから…抜いてみたのだが…」
「血が流れすぎたら死ぬんだよ! なんて馬鹿だ――大馬鹿だ!!」
青ざめて叫ぶアウレシアを見て、なぜかイルグレンは笑いたくなった。
死ぬつもりで刺したのだ。
抜いて死ぬなら、それこそ当然ではないのかと。
だが、自分はまだ生きている。
そして、傍には愛しい女がいる。
自分を死なせないために、必死で手当てをしている。
こんな時なのに、幸せだと思う自分は、やはりアウレシアの言うように大馬鹿なのだろう。
「レシア!!」
聞き慣れた声がした。
アウレシアが顔を上げた。
「ケイ!?」
「すまん、遅くなった」
アウレシアの横に倒れているイルグレンを見て、全てを察したようだ。
「ソイエ。皇子を診ろ。急げ!!」
ソイエライアとアルライカが走ってくる。
アルライカはイルグレンの上衣を引き裂いて、傷口を露わにする。
ソイエライアは小さな小箱を取り出す。
そして、中から細い針を取り出した。
「何を……するのだ?」
「安心しな。ソイエが針を鍼ってくれる。血を止めるのさ」
アルライカがいつものように笑う。
「ああ。死なせないから安心しろ。昔はこれで食ってたんだ。腕は確かだよ」
ソイエライアの手が軽く動いて、身体のあちこちに何かが触れたような気がしたが、痛みはなかった。
「そら、グレン。これを飲め。飲んで眠っちまえば、目覚めたときにはみんな終わってる」
口元に当てられた革袋から、何かが喉元に流し込まれる。
嚥下すると、喉と胃が焼けるように熱くなった。
「……」
酒だ。
それも相当に強い。
苦しかったが、それでも、与えられた分を素直に飲み込んだ。
「大丈夫だ、グレン。お前は死なない。これから傷を縫うから、眠っていろ」
ソイエライアの落ち着いた低い声が聞こえた。
安堵のせいか、イルグレンは再び気が遠くなるのを感じた。
眠気が襲ってくるのは、酒のせいか。
血が流れすぎたのか。
こんな暑い国にいるのに、体の外側が、凍えるように寒い。
だが、内側は燃えるように熱い。
手を握っていてくれるはずのアウレシアを最後に見た。
そして、意識は途切れた。