「リヒトさん、話してないのね。それとも、まだ時期が早いのかしら?」
何か知っているのか、お姉さんは一人で納得している。
「あ、心配しないでね? リヒトさんは信用出来る人だから大丈夫よ。でも、一人で全てを抱え込むから……たまには、話を聞いてね?」
「は、はい。それはもちろん」
「きっと、リヒトさん凄く喜ぶから」
そう言うと、女性は私の両手を握り、微笑みかける。
「また、話せてよかったわ。姉としては、エルが貴方にちょっかい出してないか心配だけど……ノヴァのことも、よろしく頼むわね」
えっ、ちょっかい出すって……。
そんなの、身近に一人しかいない。頭に浮かぶのは、雅さんの姿で。
「もしかして、エルっていうのは――?」
確かめようとした途端、背後から引っ張られるようにして、目の前の景色が消えていく。手を伸ばしても、その手がお姉さんに触れることはなくて。
疑問の答えも返ってくることのないまま、なにも見えなくなった私は、ここで終わりなのだと理解した。
*****
月が――夜空に輝く。
今宵の月は、少し赤みを帯びた色を宿している。
「――――そろそろ、だな」
高いビルの上。そこから、一人の男性が空を眺める。
こういう日の夜は、闇が動くには適している。それは本能として、人成らざる者でも知っていること。
「――――臭う」
風に乗って、血の臭いが鼻をくすぐる。何所かでまた、事が起きているらしい。
その場を一蹴りし、遠くのビルへ跳ねる。臭いを辿って行けば、そこは人目に付きやすい電車が通る橋の下。
複数の赤い目が、〝何か〟に群がる。
「……ッ、グチャ、ガ、……ッ――?」
夢中で群がるそれらは、男性の気配を感じ、一斉に視線を向ける。
それが群がっていたものを見れば――あるのは、小さな肉片と破れた衣服。人間を食べていたんだと、男性は容易に想像した。
「獣か……?」
人のカタチを成していないそれは、犬のような、そんなカタチをしていた。
赤い目をするそれらは、全て獣のようなカタチ。だが奥に、明らかに【人】だと思える存在を見つけた。
「これは――貴方の使い魔か?」
静かに。けれども威圧するような声で問いただす男性に、奥の者は、高笑いを上げ始めた。
「はははっ! これがオレの使い魔? 冗談。頼まれたってイヤだね」
まるで、自分は関係無いと言うような口ぶり。だが、この場にいてその身に危険が無いとなれば、関わりが無いはずがない。
「では、貴方はこの有様を、ただ傍観していたというのですか?」
その問いに、奥の者は月灯りが照らす場所まで出て来る。
「半分当たり。――で、そういうお前はなんなの?」
にやり口元を緩めるその者は、少年の姿をしていた。
「そっちの質問に答えたんだ。オレのにも答えて当然だよな?」
笑顔で。けれど威圧的な眼差しを、少年は男性に向ける。
「――――いいでしょう。私は、簡単に言えば使い魔。ですが、そこにいる者たちとは違う」
「へぇ~。アンタも使い魔なんだ? じゃあなに。正体はこーいう獣なの?」
「答えてほしければ、私の質問に答えてからにしてもらいましょうか」
途端、場の空気が重くなる。
それを感じたのか、少年は一瞬、眉をひそめた。
「つまらないやつ。ま、別にいいけどね」
目的は果たしたし、と少年は片手を上げる。すると、獣たちは一瞬にして、その場から消え去った。
「言っておくけど、邪魔したらアンタも〝アレだから〟」
残った肉片を指差し、少年は怪しい笑みを見せた。
「それは私も同じこと。貴方が障害となるなら――容赦はしない」
対して男性は、鋭い眼差しを少年に向ける。
輝く男性の瞳。それを見て、少年は好奇の眼差しを向けた。
「へぇ~。左右違う色、か。青と緑。やっぱり、力もそれなりに強いってこと?」
「――――試してみるか?」
いつでも戦えると言わんばかりの男性。でも少年にはそんな気が無いのか、今は遠慮しとく、と片手をひらひらさせる。
「ムダなことはしない主義なんでね」
そんな言葉を残し、少年はその場から消え去った。後に残った残骸を改めて見た男性は、重いため息をはく。
「処理は……しなければならないだろうな」
せめて死後、安らかになれるよう。
残った亡骸を、男性は出来るだけ集め、弔うことにした。



