「―――着替えたか」
戻って来た女性に対し、ディオスは再び、一緒に来るよう言う。女性は相変わらず、静かに後を付いて行く。
「――あちら側の世界に行くには、ここから先にある湖に行けばいい」
外へ出ると、ディオスは湖の方向を指差し説明する。黙って聞くその女性は、本当に自分を自由にするのかと、未だ疑っているのか。緊張感を含んだ目で、ディオスの言動や態度を見据えている。
「もうお前は自由だ。ここから出て行っても構わぬのだぞ?」
しばらくその場に留まるも、怪しい素振りが無かった為か。その言葉に頷くと、女性はディオスの前から姿を消した。
「まずは一つ。――次は」
何を企んでいるのか。怪しく笑いながら、ディオスは洋館へと帰って行った。
洋館へ着くと、ディオスはいつもの席に座り、次の人物を待つ。
「――今度は、どのような用件ですか?」
部屋に到着するなり、少年はすぐさま用件を聞く。それにディオスは、ゆっくりとした口調で話し出した。
「叶夜――北の外れにある洋館を覚えているか?」
その問いかけに、少年――もとい、叶夜は頷くだけで答える。
「あそこにいた雑華が――どうやら逃げ出したらしい」
その言葉に、叶夜は目を見開く。あの場所にいた雑華は特に感染の進行が早く、人間を確実に襲うため隔離していた。何より、希少な女性だったからというのも、隔離する理由の一つだった。
「それが本当なら、命華が狙われてしまう。まずは洋館へ行き、本当に雑華がいないか調べろ。――話は以上だ」
用件を聞くと、叶夜は一礼し、素早く部屋を後にした。
それを楽しそうに見送る、王華の長。それ以外の者たちも、嫌な笑みを浮かべながら、叶夜を見送っていた。
「いよいよ――始まるな」
この後の展開を想像し、ディオスは、部屋に響き渡るほどの歓喜の声を上げた。
*****
夜中の病院に、多くの人が担ぎ込まれる。
しかも、来るのは若い女性。
そしてもう一つ――体内の血が、極限まで無くなっていた。
「もう一人来ます!」
「またか!? これでもう十人目だぞ!」
「これ以上はかかえられません。他の病院に回して!」
院内は慌ただしくなり、人手が足りない。
そんな中抜け出した上条は、叶夜に電話をかけた。
「――アナタに、頼みがあります。今から私の部屋に行き、日向さんを保護して下さい」
穏やかじゃない話。どうしてかと聞く叶夜に、簡単な説明をする。
「今、病院に血を抜かれた女性が多く運ばれています。おそらくは先程の残党でしょう。部屋にいれば安全ですが、今あそこは、アナタとミヤビであれば入れるようにしています。――この意味がわかりますか?」
患者に残された傷跡。血の抜かれ方から気配。それらから、上条は雑華が犯人だと核心した。
今のところ、雅にはまだ自我がある。しかし、彼に連絡が取れないことを考えると、最悪の状況を考える必要があった。
「アナタも、こちらにそれなりの家はあるのでしょう? 私も、こちらが終わり次第向かいますから、急いで下さい」
幸いなことに、叶夜はマンションの近くにいた。
何も無いことを願いながら、上条は、運ばれてきた患者の治療にあたった。



