『もう……無理、かな』
消えそうな女性の声。それを聞いて、これが女性と交わす最後の言葉だと悟った。
『エルを、……おね、がい。あの子、を……たす、け、―――…』
それきり、声は消えてしまった。
これでもう、あの女性は心までバケモノになってしまったのだと理解した。
「あはははははっ! 弱いわ……弱すぎる! こんなの面白くない!!」
殺戮(さつりく)を続ける女性に、兵士たちは逃げ腰だった。
ある者は腕をもがれ、またある者は足をもがれ。人の形すらわからぬ肉片になる者もいて、戦うことを諦め、逃げ出す者も出てきた。
誰もが、この女性には敵わないと思い始めた時、
「――――エメ姉さん」
静かに、少年は言葉を口にする。
ゆっくりと立ち上がると、少年は腰に携えていた短剣を手にした。
「それを、どうするつもり?」
笑顔で、女性は訊ねる。
それに少年は、顔色一つ変えることなく、淡々と言葉を述べた。
「今から――貴方を殺します」
「私を? せっかく同じにしてあげたのに」
「貴方はもう……深く落ち過ぎた」
短剣を握り締め、少年は女性を射るように見据える。
「……本気、なのね?」
「えぇ。オレの手で、貴方を消します」
二人の雰囲気が、辺りを支配する。
それまで女性に挑んでいた兵士たちはその雰囲気に圧倒され、ただその場に立ち竦(すく)むしかできなかった。
「だったら仕方ないわ。私も、貴方を殺す」
「――オレには勝てませんよ」
その言葉を最後に、二人の戦いが始まった。
先程のまでの戦いが、まるで赤ん坊を相手にしていたかのように。少年との戦いは、全くの別物だった。
二人の周りの空気が、それぞれの流れを作っている。近くにあるものは全て、二人が直接触れずとも、空気の流れのみで壊すことができていた。
これが……感染した者同士の戦い。
雑華がどれだけの力を持っているのか、肌で直接実感した。
「――――姉さん!!」
叫ぶように、少年は言う。
真剣な少年とは違い、女性は尚も笑顔で……。
「ごめん、なさい……やくっ、そく。守れな、かった」
胸に短剣を突き立てられても、女性は笑顔のまま。
途端、少年はその場に崩れるように倒れこんだ。そしてゆっくり女性の元へと近付くと、何度も何度も謝りながら、女性の頬を撫でていた。
「――い、今だ! 雑華の遺体を処理しろぉ!!」
兵士たちは、少年から女性を引き離す。そしてどこかへと、女性は運ばれてしまった。
「離せ! 貴様ら、姉さんをどこへやるつもりだ!?」
「雑華は処分する! お前も感染者だな?!」
少年が感染者とわかると、兵士たちは、少年を殺そうと襲い掛かる。
すぐ逃げれると思ったけど、女性にやられた傷が酷いのか、なかなか思うように逃げれないでいた。
私も少年を追いかけたけど、なんとか追い着くのがやっと。追いかけている途中、少年が後ろを振り返る。初めて少年の顔を見た瞬間……私の頭に、ある人物の顔が思い出された。



