「だ、だから近いですよ……」

「美咲ちゃん見てたら、ついイジメたくなっちゃうんだよねぇ~。ま、嫌われたくないから今日は退散するけど」

 すっと、私の左手を取る雅さん。何をするのかと思えば、ただ優しい笑みを浮かべ、

「なにかあったら――呼んでね」

 手を離すと、スマホを見せながら絶対ね! と言い、あっさり帰ってしまった。
 本人には悪いけど、もっと粘られるかと思ってたから、こんなにすぐ帰られるとちょっと拍子抜けしちゃう。それだけ雅さんのスキンシップに慣れてしまったのかと思いながら、私はくすりと笑みを浮かべていた。

「――ただいま」

 気分がいいまま家に帰る。
 いい匂いがするなと思えば、おじいちゃんが夕食を作っているところだった。どうやら今夜はお魚らしい。
 手を洗っておいでと言うおじいちゃんに返事を返し、私は手洗いと着替えを済ませてから台所に向かった。
 夕食を作るのはおじいちゃんと交互にやっていて、私が料理担当でない日は、洗い物をすることになっている。

「――なんだか、具合が悪いんじゃないかい?」

 お皿を洗っていると、心配そうにおじいちゃんが言う。

「別に、悪いところはないよ?」

「本当かい? 少し、顔色が悪くなってるように思ったんじゃが」

 ……そんなに悪いのかなぁ。
 洗面台で確認すると、確かに、いつもより顔が白い気がする。昼からよくなかったみたいだし(杏奈や雅さんにも言われたから)、今日はもう、早めに寝ちゃおう。
 お風呂もシャワーだけにして、私は早めにベッドで横になった。

 ―――――――――…
 ―――――…
 ――…

 また……夢を見ていた。



 それは先程と同じで、桜色をした空を漂う場面から始まる。けれどすぐに視界は切り替わり、再び、戦場へと場所を移していた。



 目にしたのは――血の海。



 足元に広がる赤は、以前に見たものとは比にならない。
 見ているだけで気分が悪い……頭がクラクラするほどの臭いに、私は鼻を覆った。



「――――あはははっ!」



 楽しげに、高らかに笑う声がした。
 どこからするのかと声の主を探せば――そこには、血に染まった服を着た女性がいた。



「こんなのじゃない。私は……まだ足りない!」



 手にしていた物を、無造作に投げ捨てる女性。一部がこちらに転がってきた途端……体から、力が抜けてしまった。



 転がってきたのは――頭。



 青ざめた顔が、私のことを見ている。
 女性が血を抜いたんだろうと考えれるほど、意外にも頭は冷静で。だけど体は、恐怖のあまりそこから動けないでいた。



「――やめてくれ!」



 突然の大声に、私は声の主に視線を向けた。やって来たのは、自分と同じ年頃の少年。顔は見えないけど、多分、前に見た少年なんだろう。

「あら、エルじゃない。――どうしたの?」

「……姉さん」

 苦しそうに言う少年とは対象的に、女性はなにがおかしいのか、また笑い出す。それはとても嫌な声で……胸が締め付けられるような、悲しい音声をしていた。

「ちょうどいいわ。――エル、貴方が欲しいの!」

「これ……全部、姉さんが?」

 楽しそうに笑いながら、女性はさも当たり前のように肯定する。それを聞いて、少年はますます顔を歪めた。