「そうこれ! 女の人が「証拠になるから、エルに見せてね」って」
「それ……本当?」
「うん。確かにそう言っ、た……」
空気が、がらりと変わる。
正確には、雅さんから感じる雰囲気が変わったのかもしれない。初めて会った夜のように……少し怖い雰囲気を、肌で感じた。
「その人の名前、わかる?」
「確か……「エメ」って」
その言葉を聞いて、雅さんは口元を緩める。いつもと違う雰囲気に、私の体は、次第に緊張していく。
「もし、だよ。もし美咲ちゃんが同じ立場なら……どうする?」
どうするもなにも……女性の言い分も、少年がしたことも間違いではないと思う。だから正直に、私は思っていることを伝えた。
なのに雅さんは、自分から聞いたにも関わらず、特に関心が無いかの素振りを見せた。
「オレならそんなの、許せないね」
「許せないって……なんでそんっ!?」
言葉を遮るように、雅さんは私を押し倒した。素早く両手は押さえられ、逃げられない体勢にされてしまい――何が起きたか理解できなくて、ただまっすぐ、雅さんに視線を向けていた。
「話からすると……そいつは、仲間を置いて逃げたんだよ? そんなこと、オレは許せないね」
「だからって、少年が悪いわけじゃあ」
「それでも……もっといい方法があったって思わない?」
「っい!?」
手に、力が込められる。思わず声がもれるほどの痛みに、私は顔を歪めた。
雅さんの目を見れば、表情も段々と冷たくなってしまうようで――目の前にいるのは、あの日の夜に見たような、危険な雰囲気のある男性にしか見えない。
「私、には……わかりません。感染って、前に聞いた呪い、ですか?」
怖い気持ちを抑え、なんとか言葉を紡いだ。
「そうだよ。感染ってのは、呪いのことを言う。そして感染した者は……雑華と呼ばれ蔑(さげす)まされる」
それきり、雅さんは黙ってしまった。
ただ私の目を見て、どこか儚げな表情をして――。
「――――雅、さん」
丁寧に、名前を口にする。
どうしてか……そうしないと、消えてしまうんじゃないかって気がして。
「オレの目を見ても……その話がウソじゃないって言える?」
「……嘘なんて、ついてない」
軽く、ため息をつく雅さん。ゆっくり目を閉じたかと思えば、まるで糸が切れたように崩れ落ちてきた。
一瞬、なにが起きたのかわからなくて。
じわじわと温もりが伝わってきて、ようやく、雅さんが乗っているんだと理解した。
なんとか自分で支えようとしているのか、雅さんは何度も体を持ち上げようと試みたけど思うようにいかず――再び、私の上に覆いかぶさってしまう。
「……ご、めん。すぐ、退くから」
その声は、さっきまでのものとは違う。いつもの柔らかい雰囲気を含んだ、優しい雅さんの声だった。
「だ、大丈夫……だから」
本当は、ドキドキして仕方ない。だけど今は、雅さんの方が心配で……悪いと思いつつ、私は大丈夫だと嘘をついた。
「……ごめん。ちょっと、動けそうにない。押し退けれたり、する?」
「私も……力が入らない、から」
「そっか……イヤだろうけど、しばらくガマンしてね?」
頷いたものの、自分の顔の真横に顔があるのは気が気でない。雅さんの息が間近に感じられ……意識しないようにと考えれば考えるほど、余計に意識をしてしまう。
「―――美咲ちゃん」
「は、はひ!?」
思わず、声が裏返る。
ほとんど耳元で囁かれ、それが艶のある声なのだから、顔が熱くなってしょうがない。
「ははっ……大丈夫、なにもしないから。ってか、したくてもできないし」
「し、したくてもって……」
それってつまり……キス、とかだよね?
いつもの雅さんの行動を考えると、こんな状況でもやりかねないんじゃないかと、ちょっと疑ってしまう。



