『――――姉さん?』
『ごめんさない。なんでもないのよ』
『そう? 足元、気を付けて』
『は~い。気を付けるわ』
楽しそうに、二人は森の奥へと進んで行った。
あの女性に見られた時……不思議な感覚がした。なにか言われたような気がするけど、それがどんなものだったのか。悩んでいると、目の前の景色が揺らいでいった。
次に目にしたのは――地獄、だった。
空は赤く、あちらこちらには黒煙が上がっている。
ふわふわと浮かびながら、私は前へと移動する。開けた場所に出ると……そこは、本や話でしか知らない光景が広がっていた。
『殺せー! 雑華など、根絶やしにしろー!!』
そこで起きていたのは……戦争。
辺りは血の臭いが漂い、目に見える範囲だけでも数百はいるんじゃないかって数の人が死んでいる。
こんなの見たくない。
誰か……誰か起こして!
耳を塞ぎ、闇雲に逃げ回る。どこに逃げても、断末魔や殺し合いの光景ばかりで……ようやく雑音が小さくなってきたところで、私は足を止めた。すると、さっき見かけた姉弟の姿が見えた。近寄って行くと、女性の体調が思わしくないのか。少年は心配そうに、女性の様子をうかがっていた。
『エル……早く、逃げなさい』
『イヤだ! 姉さんを置いて行かない……護るって約束しただろう!?』
違和感があった。女性は以前と見た目が変わってないのに、少年の方が少し、成長したように見えて。その姿が誰かに似ている、とそんな感覚を覚えた。
『私は、汚染されたのよ? このままじゃ……貴方を、壊してしまう』
『オレは壊れない……そんなやわじゃないことぐらい、知ってるだろう?』
苦しそうな女性に、なにもしてあげられない。なんとかしようと背中を擦ったりするも、これが夢だからか、触れることができなかった。
『今から言うことを……絶対に守って』
真剣に言う女性に、少年は無言になる。そしてゆっくり、重い口を開いた。
『貴方は……逃げなさい』
途端、少年は激怒した。、そんなことはできない、と女性を説得する。
『ダメだ! そんなこと絶対っ……!』
『本当は、分かっているでしょう? このままだったら、私の体は……』
『っ! わかってる、けど』
『最後の……わがままだと思って? 私はこの手で、弟を殺したくない。愛する人の命を奪うなんて、耐えられないわ』
目に涙を浮かべ、懇願する女性。
そっと両手を伸ばすと、愛おしそうに、少年の頬に触れる。
『エル……お願い』
『…………』
必死に訴え続ける女性。
長い長い沈黙の後――少年は女性を抱え、近くにある木に寄りかからせる。
『――――エル?』
『――――、だけ』
振り絞るように、少年は言葉を発する。
『エメ姉さんのわがままを聞くのは……一回、だけだから』
それは決意を秘めた、真剣な口調だった。
離れようとする少年。でも言葉とは裏腹に、わかっていても、なかなか行動に移せないでいた。
『…………』
『ほら。早く行かないと……行き辛くなるわよ?』
優しく、女性は語りかける。それに少年は一呼吸整えてから、言葉を発した。
『わかってるよ。――――行って、来ます』
『うん。行って来なさい』
精一杯の笑みを向ける女性。少年もそれに答えようと、溢れ出る涙を拭い、笑顔を見せてからその場を走り去った。



