「たまには……そんな時もあるんです」
そう言い、私は雅さんから顔を背けていた。
「――どうでした?」
心配そうに訊ねる先生に、私は自分が体験したことを話した。すると私の左手を取り、すみません……と、深く謝った。
「一先ずこれを」
ハンカチを取り出すと、先生はそれを手に巻いてくれた。
「指輪のことですが……」
巻き終わると、先生は真剣な面持ちで話を切り出す。
「命華には、色によってその力が異なります。白は医者、黄色は花作りです」
言われて、私は指輪を見た。でも、自分はどちらの色でもない。
「赤色は、何になるんですか?」
その言葉に、先生は言葉を詰まらせた。どこか困ったような表情を浮かべると、軽くため息をついた。
「その色の命華はありません。――赤は、命華に無い色です」
ありませんって……だったら私は。
「命華じゃ、ないんですか?」
思いつくのが、それしかなかった。
でも、先生の口から出たのは、
「――アナタは、間違いなく命華ですよ」
と、意外な言葉だった。
だけど、赤が命華に無いなら、私の存在って……。
不安そうな表情を浮かべる私に、先生はやわらかな笑みを見せる。
「確かに、その色の命華はありえません。しかし――最初の命華であるフィオーレ、“カミガキ”なら」
「カミガキ? 声もそんなことを言ってましたけど、それは一体」
「――まだ、核心は持てません。続きは、後日改めましょう」
そう言って、先生は元の世界へ帰ろうと言った。渋々ながらも頷き、今は早く帰ることにした。
―――――――…
――――――…
―――…
体が軽い。まるで、雲か空気にでもなったように、体の存在を感じなかった。
ここは――どこだろう。
何度か瞬きをすれば、視界に色が入り始める。
桜色をした空に、心地いい風が吹いて――見覚えのある景色に、私は向こうの世界を重ねた。
また一人で来てしまったのかと思ったけど、宙を漂う感覚に、これはきっと夢なんだと考えた。だって空を飛ぶなんてこと、私にできるはずないんだから。
しばらくして、私は広い野原に降り立った。すると背後から、こちらに走って来る足音が聞こえてくる。
『――――姉さん!』
振り返ると、走って来る少年の姿が見える。年の頃は、ぱっと見、七か十といったところ。まだ幼さの残る少年は、私のことなど無視して横切って行く。
それを見て、やっぱりこれは夢なんだと核心した。
行くあてもないので、とりあえず、少年の後を付いて行ってみた。すると少年は、一人の女性に駆け寄っていた。
腰まで伸びた淡い茶髪をした女性は、やわらかな笑みで少年を見る。
『そんなに慌ててどうしたの?』
『どうしたのじゃないよ! 一人で遠くまで来たらダメじゃん!!』
『ふふっ。エルは心配性なんだがら』
『姉さんは心配しなさすぎ! ほら、もう帰るよ』
そう言って、エルと呼ばれた少年は女性の手を取る。
微笑ましく見ていると、女性はこちらを振り返る。それはまるで、私に視線を向けているようだった。
これは夢なんだから、私のことなんて見えないはずなのに――なぜか女性は、まっすぐ私を見据えていた。



