「……っく!」
それは、微かな声。気になって顔を覗かせると……雅さんは徐々に、苦しそうな表情になっていた。
「み、雅さん……?」
「……だい、じょぶ。まだ行けるから」
そう言って、雅さんは笑う。
気丈に振舞う姿に、私は胸が締め付けられた。
「無理しないで! 本当は……辛いんでしょ?」
足を止める私に、雅さんはそれでも行こうと促す。
だけどやっぱり、私はこれ以上一緒に行くことはできない。これ以上は……雅さんが保たないことが目に見えてる。
「ここからは、一人で行きます。雅さんは大人しくしてて」
その場に座らせ、半ば無理やり言い聞かせる。何度か説得をすると、ようやく、雅さんは観念した。
「はぁ……ごめんね」
「気にしないで。さっきより近くだから、一人で行けそうです」
石碑まで、残り十数メートルといった距離。
ちょうど月が真上にあり、まるで石碑を照らしているようだった。
――あと、5m。
ここまで来ると、今までの道とは違い、少し小高く土が積まれていた。
ゆっくり、緩やかな坂を上がって行く。
あと、3m。2、1――ついに、目的の場所に着いた。
「…………はぁ」
思わず、深いため息がもれる。それだけ気を張っていたらしい。
両手に力を込め、よし! と気合い入れた私は、改めて、石碑に目をやった。
そこは、想像していたよりも質素な場所だった。
もっと像とか置いてあるのかと思ったけど、石碑と言われた球体には文字も見当たらない。中央には綺麗な球体の石が置かれ、その周りを、大きさがバラバラな石が円を描いて置かれているだけ。私が思い浮かべていた石碑のイメージとは、だいぶ違っていた。
「ここに……手を添えれば」
ドクッ、ドクッと、大きな音を立て跳ね上がる心臓。
ただ石に触れるだけだっていうのに、冷汗が出てきてしまう。
どこか添えるような場所があるのかと思ったけど、そんな場所は見当たらず。とりあえず私は、石の真上にあたる場所に右手を添えた。
「――――?」
特に……変わったことは起きなかった。
拍子抜けした私は、帰ろうと踵(きびす)を返した時、
「美咲ちゃん、左手添えるんだよ!」
大きな声で、雅さんが叫ぶのが聞こえた。それを聞いて、私はもう一度石碑に向かい合った。
ゆっくり。ゆっくりと手を伸ばす。
まず指先が触れ、次に、手の平全体が石に触れていく。全体が触れしばらくすると――徐々に、手の平全体が熱を帯び始める。それは次第に熱さを増し、火傷するんじゃないかと思えるほど熱くなっていった。
「っ?! は、離れない?!」
すぐに手を引いたのに、左手は、石碑から全く離れる気配がない。まるで石の一部になってしまったかのように、いくら動かしても無駄だった。
「なん、で!?――み、雅さん! 先生!?」
何度も必死に、二人の名前を呼ぶも、それに答える声は聞こえない。
段々と、目に涙が浮かぶ。痛みと心細さで、混乱しそうなった時、
『――フィオーレ?』
頭に直接、声が聞こえた。それはとてもやわらかく、心地よささえ感じる。
「だ、……だ、れ?」
『フィオーレ。アナタモ、フィオーレ?』
痛みで立てなくなった私は、その場に膝を付いた。
声を出すのも辛くなり、私は心の中で声に答えた。自分は命華だと言うと、声は楽しげに笑い出す。
『ミツケタ。―――デモ、アナタハチガウ』
違うって言われても……。
「みや、びっ……せん、せ」
残る力を振り絞り、二人を呼ぶ。すると、声は呼んでも無駄だと言った。



