「ここからしばらく走ります。日向さん、まだしばらくそのままでいて下さい」

「はい、わかりました」

「オレはこのままでもいいけどねぇ~」

 楽しげに笑う雅さんにつられ、私も笑っていた。さすがにずっとは、なんて突っ込みながら、道のりは意外にも怖いとは感じなかった。



「――ここに、何かあるんですか?」



 着いたのは、朽ち果てた家が立ち並ぶ場所。雰囲気からして、村か町だったんじゃないかと思う。
 私を下ろすと、雅さんは私に手を差し伸べた。

「手、いいかな?」

 それに頷くと、雅さんは優しく私の手を握った。

「ホントはまだくっつきたかったけどねぇ~」

「もう……またそんなこと言って」

 こうやって話しているおかげで、不安に襲われることは無かった。さり気なく気遣ってくれる雅さんに感謝しながら、先へ進み始めた。

「――――?」

 足を踏み入れた途端……また、不思議な感覚が体を走る。マンションに着いた時よりもハッキリ、その感覚がわかる。

「美咲ちゃん?」

「えっ……?」

「どうかした? なんか気になることでもあった?」

「自分でも、うまく説明できないんだけど……なんかこう、不思議な感じがして。嫌な感じはしないんだけど」

 話をしていると、前を歩いていた先生が立ち止まる。どうやら目的の場所に着いたらしく、先生は真剣な様子でこちらを振り向いた。



「―――日向さん」



 名前を呼ばれ、私は思わずビクッと体が震えた。いつもの雰囲気とは違い、どこか緊張を帯びた声に感じたから。

「ここから、少し先に石碑があります。――分かりますか?」

 指差す方向には、確かに、小さな塊のような物が見えた。それに頷くと、先生は真剣な眼差しを私に向ける。

「ここから……一人で、あの石碑に触れて下さい」

「!? ひ、一人で……ですか?」

 意外な言葉に、私の声は少し震えていた。
 ここから石碑まで、軽く見ても50mはあろうかという距離。
 あそこまで、一人で歩くなんて……。
 周りは深い木々に囲まれていて、いつなにが出てもおかしくない雰囲気。またあの影が出るんじゃないかという恐怖が、頷くことを戸惑わせていた。
 どう、しよう……。
 ここまで来て、やらないわけにはいかないだろうし。
 次第に体は震え始め、どうしたらいいものかと戸惑っていれば、



「――オレも行くよ」



 そう言って、雅さんは手に力を込めた。
 一緒に……行ってくれるの?
 視線を向ければ、雅さんはニコッと笑顔を見せてくれた。それを見てほっと安心したのも束の間。先生は大きく声を張り上げた。

「何を言っているのですか?! アナタは……自分の状況が分かってないのですか?」

「石碑までは行きませんよ。ってか、行けませんしね」

 どうしてか、先生は雅さんが石碑に近付くのを快く思っていないらしい。
 私としては、一緒に行ってくれるのは心強いけど……それに甘えていいものなのかと、少し戸惑っていた。

「途中までならいいでしょ?」

「しかし、それで進行が早まる可能性も……」

「もう今更ですって。途中までだけど、いいかな?」

「それはもちろん。でも……大丈夫なの?」

 一人でって言うのには、なにか理由があるんだろうし。

「大丈夫だよ。――無理はしないから、イイですよね?」

「…………しょうがない人ですね」

 渋々ながらも、先生は雅さんも一緒に行くことを承諾(しょうだく)した。
 先生をその場に残し、私たちは石碑に向かって歩き出した。
 辺りはとても静かで、二人分の足音が、いやによく響く。
 聞こえるのは、ザッ、ザッという、靴が土に擦れる音。そして時々、砂利や草を踏みしめる音だけ。
 少しだけ……空気が冷たい。
 会話をしないまま歩き進めているからか、張り詰めたような、緊張感にも似た雰囲気が漂う。