「雅さんが私に触れるのって……力が足りないから、ですか?」

「―――どうだろうね?」

 聞こえたのは、なんとも複雑そうな声。
 いつもの雅さんなら、笑いながら冗談を言うのに……。
 この時の声が、公園から帰る時の声に重なった。どこか憂いを含んだ声に、理由もわからないまま、私は胸が締め付けられていくのを感じた。

「さぁ、早く行こうか。待たせると悪いからね」

 そう言った時にはもう、雅さんはまたいつもの笑顔に戻っていた。
 もしかしたら……私には言えないなにかがあるのかなぁ。
 私も、力になれればいいのに。
 そんなことを思いながら、手に、力を込めた。



「―ここに、私を呼んでる人が?」



 連れて来られたのは、普通のマンション。周りはとても静かで、ちらほら自然がある住みやすそうな場所だった。

「そうだよ。ここの七階」

 エレベーターに乗り、私は雅さんの後を付いて行った。他に乗り込む人もなく、すんなりと七階へ着いた途端。



「―――――?」



 不意に、体に違和感を覚えた。
 嫌な感覚ではないけど、どこかで感じたことのあるような……なんとも不思議な気がした。



「――美咲ちゃん?」



 ついてこない私に、雅さんは心配そうに声をかける。

「ごめんなさい。ぼーっとしてしまって……でも、大丈夫ですから」

「それならいいけど。ここの一番奥が、目的の部屋だよ」

 部屋の前に立つと、雅さんはインターホンを鳴らす。しばらくして、男の人の声がした。それに雅さんが答えると、ドアがゆっくりと開いた。

「無事に到着したようで、何よりです」

 出てきた人物を見て、私は驚いた。それは、私がよく見知った人物で、



「先生……ですよね?」



 病院で私の担当をしてくれている、上条理人(かみじょうりひと)先生だった。
 どうして先生が? と考えていると、中に入るよう促された。ソファーに座ると、先生はいつものように、やわらかい口調で話を始めた。

「病院ではお目にかかっていますが、こういうのは初めてですね」

「は、はい。まさか、そのう……先生まで」

「〝吸血鬼なのか〟ですか?」

 私の心を見透かすように、先生は聞く。

「説明するには少し難しいですが……彼らと私とでは、根本が違うのですよ。もちろん私は、血など吸いませんので、安心して下さい」

 それを聞いて、ほっとする自分がいた。先生まで血を吸うなんて言われたら、周りにいる人全部、妖しく思えてしまいそう。

「ところで……キョーヤはどうしたのですか? 私は三人でと言ったはずですが」

「向こうから呼び出しがあったみたいですよ」

「……そうですか。では、急ぎましょう」

 そう言って、先生は奥の部屋に行ってしまった。
 二人きりになった私は、小声で雅さんに訊ねる。

「あのう……。これから一体、なにをするの?」

「美咲ちゃんが、どの部類の命華か調べるんだよ」

「そんなにたくさんあるの?」

「いや。だいたいは二種類かな? 花を作るのが得意なのと、治療を得意とするがね。――ま、例外もあるみたいだけど」

 そう言ったきり、雅さんは黙ってしまう。
 なんだか聞いてはいけないような雰囲気がして、私はそれ以上何も聞かないまま、先生が戻ってくるのを待った。