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 夜中に出られるよう、私は準備をしていた。とは言っても、普段どおり過ごして、部屋で迎えが来るのを待ってるだけなんだけど。



「――まだ来ない、か」



 時計の針が、ちょうど十時をさす。
 来るのは十一時ぐらいだから、まだ一時間も余裕がある。特にすることもないので、ベッドに寝転がりながら時間を潰していた。そうしていると……段々心地いい気分になってきて。次第に、睡魔から手招きをされ始める。



「――――ん…」



 頭に、微かな重みを感じる。
 何度か瞬きをして見れば、誰かがいるように見えた。



「あ、起きちゃった?」



 目の前に、なぜか雅さんの顔が。幻覚かと思っていたが、頭が冴えるにつれ、それが現実であることに気付いた私は、慌てて飛び起きた。

「いきなり起きたら危ないよ?」

「ど、ど、どうして!?」

「キョーヤの代わりに来たんだよ。アイツ、他に呼び出しがあるらしいから」

「そう、ですか……。で、でも! だからといって、勝手に入るなんて」

「一応声はかけたんだよ? でも美咲ちゃん起きないし、窓で待ってたら不自然だし。だから中で待たせてもらったんだよ」

 寝てしまったのは悪いけど……だからといって、目の前で寝顔を見られるなんてこと、恥ずかし過ぎる!

「その……心臓に悪いですから、いきなり近付かないで下さい」

「嬉しいな~。それだけオレのこと、意識してくれてるってことでしょ?」

「ち、違いますよ!」

 意識してるのには、違わないかもだけど……。
 多分、雅さんが考えているのとは別じゃないかと思う。

「それより……もう、出かけるんですよね?」

「そうだよ。それじゃあ行こうか」

そう言って、雅さんは私に手を差し伸べ、

「ご案内しますよ。――お姫様」

 再会した時のように、悪戯っぽい笑みを見せた。

「ふふっ。またそれですか?」

そう思いながらも、その手を取ろうとした瞬間。

「ん? どうかした?」

 私は、その手を止めた。
 もしかしたら、あの時みたいに抱きしめられるんじゃないって、頭を過ったから。
 自分で起き上がると、雅さんは残念そうな顔をしていた。

「せっかく握れると思ったのに~。ま、いっか。これからもっとくっつけるわけだし」

 そう言って、雅さんはさっと私を抱える。

「い、いきなりやめて下さいよ!」

「大きな声出したら、家の人にバレちゃうよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、雅さんはどこか勝ち誇ったような顔をしていた。
 慌てて自分の口を塞ぎ、私は無言で雅さんを睨む。

「そんな顔しないでよ。いきなりしたのは謝るからさ」

「お願いですから、一言断って下さいよ」

「ん~、そうだねぇ~」

 そう言いながら、雅さんは窓際へと歩き出す。
 もう家を出るんだと思った私は、自然と雅さんの服を掴んでいた。

「じゃあ、敬語やめてくれたらいいよ」

 満面の笑みで言うその表情が、とても綺麗で……ちょうど月に照らされた顔は、目を奪われるほどだった。

「……わ、わかりました。――じゃあ、約束してよ?」

「うん、約束ね! もぉ~今の美咲ちゃんカワイイ!」

「きゃっ!?」

 腕に力を込められ、私は雅さんの胸に押し付けられた。かなりの密着具合に、私は気が気でなくて。心臓は一気に跳ね上がり、息が出来ないくらいに感じられた。

「も、もう! 言ったそばから!」

「はははっ。ごめんごめん。あんまりカワイイから、ついね」

 か、可愛いからって……。
 思わずため息が出てしまった。
 その時ふと、雅さんと洞窟にいたことを思い出した。こうやって触れるのは、確か、力を回復させる為。だから、雅さんが私にたくさん触れるのは――それだけ力が足りないか、病気のせいじゃないかと。