「アハハハッ! 血ダ。メイカノ、血ッ!!」

 微かに聞こえる声。それはとても、歓喜に満ちたものだった。
 本当にこの人……私が死ぬのを、喜んでるんだ。
 もう痛いとか、苦しいとかわからないほど。全ての感覚が鈍くなり、“私”という存在が曖昧になっていく――。



 こん、なっ……ところで。



 死にたくない。“死ぬわけにはいかない”と、消えかける意識が、“私”を奮い立たせる。



 終わることなんてできない。



 だって……だって私は。



 『まだ――成し遂げてない!』



 強い意志を持った言葉。その声は、誰のものだったのか。
 私が思った気もするし、でも、声は私じゃないような気も――。

 「赤イ……新鮮ナ血ッ!」

 ぐぐっと、一層強く締まる首。 
 かろうじて保っていた思考も薄れ、“死”という存在が大きくなった途端、



 「――何してる!?」



 体は、地面へと放り出された。
 首にあった痛みが徐々に薄れ、ようやくまともに息が出来るようになった私は、肩で大きく息を吸った。

 「っ!? ヤ、ヤメ、……ッ!?」

 近くで、声が聞こえる。
 呼吸を整えながら声の方を向けば――男性の首が、体から離れる瞬間を目にした。
 さっきまで、私の首を絞めていた男性の頭。ごとっ、と地面に落下すると、そのままどこかへ転がっていき、体は、崩れるように倒れていった。首からはとめどなく血が溢れだし、切り離した人物に、雨のごとく降りかかっていた。
 地面に広がり続ける、大量の血、血、血――。しばらくその光景を眺めていた私の脳は、ようやく、今の状況を認識し始めた。



 死んで、る……?



 嘘だと思いたい。嘘だって思いたいのに……。目の前の光景と鼻を衝くその臭いに、これは紛れもない現実なんだということを突き付けられてしまう。



 「――ケガはないか?」



 冷静な声が、私に語りかける。
 視線を地面から徐々に上げ、呼びかけた人物に焦点を合わせてみれば、



 「どこか、痛んだりしないか?」



 声の主は――叶夜君、だった。
 凛とした表情でまっすぐ私を見つめるその瞳は、とても強い印象を受けた。
 白だったYシャツが、鮮やかな赤に染まっていく。
 大量の血を浴び、目の前には死体が横たわっているにもかかわらず、叶夜君は表情一つ変えなくて――その姿はまるで、命を刈る“死神”のようだと、そんなことを考えてしまった。

 「日向さん……?」

 目の前に来て、膝を付く叶夜君。
 反応を示さない私を心配してか、ゆっくりと頬に手が伸びていき、

 「――っ!?」

 反射的に、体はその手から逃げていた。

 「ご、ごめん、な、さい……あ、あり、がっ」

 結果はどうあれ、私を助けてくれたことに変わりはない。だからちゃんとお礼を言おうと思ったのに……声は、まともに出てくれなかった。

 「……俺が、怖いか?」

 「!? そんなっ、こと」

 「声も、体も震えてる」

 「そ、それは……こ、こんなに、たくさん血……見たこと、無い、から」

 「……嫌なものを見せて、悪かった」

 頭ではわかってる。これが、私のためにやったことだって。