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 「何を迷うことがある?お前は、この為に生きていたのだろう?」

 暗い部屋の中、怪しく笑う低い声が響く。
 話しかけられている相手は、未だ一言も口を利かない。

 「まあいい。考える余地を与えよう。我もそれほど酷な事は言わぬ」

 そう言って、部屋を出る男性。入れ違いに入って来た者は、その場に残った者に近付き、説明を始める。

 「ディオス様の話は以上です。お受けになるのであれば、それなりの物をご用意下さい。一番はもちろん、命華を連れて頂きたいのですが――先ずは、先程述べた物を」

 「…………わかった」

 小さく、同意の言葉を口にする。そしてその者は、素早く部屋を後にした。



 「――――帰ったのか?」



 先程部屋を出たディオスが、中の者に問いかける。

 「はい。説明をしたところ、最後は了承を得られました」

 「アイツが命華を連れて来るのが早いか。それとも――」

 ふふっと、ディオスは怪しく笑う。

 「しばらくはどちらも様子見だな」

 そう告げると、ディオスは部屋を後にする。何処に向かうのかと思えば、どんどん階段を下って行く。
 ――そして、とある部屋の前で足を止めた。
 扉は頑丈に施錠され、技術的にも魔術的にも、厳重に塞がれていた。
 手をかざしながら呟くと、扉はひとりでに開いた。
 中は真っ暗で、灯りも無い。その中をゆっくり入っていくと――また、扉が現れた。そこにも厳重に封がされており、先程の扉を開けるよりも、時間を要した。



 「――喜べ。奴はまだ、自我があるぞ」



 部屋に入るなり、ディオスはそう告げた。怪しい笑みと共に語られたそれに、中にいた人物は横たわった体を無理やり起こし、ディオスを凝視する。

 「嘘ではないぞ。今話をしてきたところだ。――微かに、気配を感じるだろう?」

 服の袖を、近くへと持っていく。するとその者は、明らかに覚えのある気配に驚きの表情を見せた。

 「懐かしいだろう? だが、まだ会うことは出来ぬがな」

 「っ、……余計な、手出しは」

 前のめりになりながらもなんとか体を支え、声を振り絞る。
 その様子にディオスは、口元を怪しく緩めた。

 「ああ、しないとも。それが我とお前の契約――それぐらいのことを守らぬほど、小さな者ではない」

 それとは対照的に、話しかけられた者は、悔しそうに唇を噛みしめていた。

 「そして、お前も殺しはしない。――お前は、“大事な女”だからな」

 女性の髪に触れながら、ディオスは言う。
 だが女性はその手を振り払い、

 「大事なのは私じゃない! 私の力だろう!?」

 悲痛とも言える叫びを上げた。

 「ああ、我はな」

 悪びれることなく、ディオスは肯定の言葉を口にする。

 「だが、お前が求める者は――どうだろうな?」

 意味深な言葉を残し、男性は部屋を後にした。



 「必ず――この手で」



 強い決意を表す言葉。
 両手を強く握りしめながら、女性は、小さな月明かりが入る小窓を見つめた。



 「さて――これで、準備は整ったな」



 屋敷を出たディオスは、一人、月を眺めながら呟く。

 「ふふっ、まだ抗うか。だが、それもまた心地いい。その抵抗も、我にはいい暇つぶしだ。精々楽しませてくれよ。――レフィナド」

 己の胸に手を当て、ほくそ笑むディオス。
 投げた賽が思うように転がり、今までで一番、心が躍っていた。
 命華を見つけること。
 始祖を見つけること。
 そして暇つぶしの材料がまだあるということに、笑いが止まらなかった。

 「いい。いいぞいいぞ! 今世はこれほどまでに恵まれたか!!」

 例えるなら、壊れた人形。ただ繰り返し、甲高く笑い声を上げるそれは、まさしくそう呼ぶに相応しい声を上げ続けていた。
 己が受けた報いを、奴らにもしてやれる。いや、同じなど生温い。それ以上の報いを奴らに――!
 その思いだけで、ディオスは長い月日を生きてきた。復讐……そんな言葉では簡単に言い表せないほどのものを、彼は抱えていた。彼が求めるのはただ一つ。命華の始祖、それを手にすること。その為ならば、他人の命など構わない。どれだけの者が血を流そうと知ったことではない。先に仕掛けたのは――。



 「お前たちカルムや人が、先なのだからな」



 低く、冷たい言葉。
 それまでの雰囲気は一変。
 恨むような瞳で、ディオスは月を見上げる。



 「必ず、お前を手にする。どんなに離れようと、我とお前は引き合う。――――必ずな」



 決意に満ちた瞳は、茶色から紫へと色を変え。
 これから始まる出来事に、期待と憎悪を膨らませていった。