「――――みやびっ、さん」

 「正解。意識ハッキリあるね。どーしてこんなとこいるわけ? ここ、どこだか知ってる?」

 「わかりま、せん……。気付いたら、ここっ、に――っ」

 「ちょっ、泣かないでよ。ほら、オレがいるから。ね?」

 顔が、雅さんの胸に当てられる。
 どうやら私は、雅さんの腕の中にいるらしい。

 「わからないことは、ムリしてわかろうとしない。でないと、自分が壊れちゃうからねぇ~」

 「ほんっ、とに――わからない、こと、だらけで」

 「よしよし。今は考えないでイイから」

 涙が引くまで、雅さんはずっと宥めてくれた。一定のリズムで頭を撫でたり、背中を擦ったり。

 「――――あのう」

 「ん? どーしたの?」

 「も、もう大丈夫ですから……離して、もらえませんか?」

 「えぇ~せっかく二人きりなんだから、もっとこのままでいようよ」

 「さ、さすがにずっとは――。ここは、どこなんですか?」

 「オレが住んでる世界。ちなみにこの時間、危ないやつらがうようよしてるんだよねぇ~」

 「それって……影も、ですか?」

 「美咲ちゃん、影見たの?」

 「はい……家の、前で。そしたら、なぜかここにいて」

 「――――ヤバいね」

 真剣みを帯びた声に、体が引き締まる。
 私を抱えながら立ち上がると、雅さんは急いで走り始めた。

 「雅っ、さん。どうして急に――」

 「気付かなかった? って言ってもムリか。――後ろ、見える?」

 「――――っ!?」

 肩越しに後ろを見れば、黒いなにかが私たちを追っていた。
 定まった形のないそれは、あの影のように思えた。

 「――やっぱ、見えるんだね?」

 頷くと、私は雅さんの服を握りしめた。
 影は、まだ私たちを追って来る。雅さんの足が速いおかげか、追い付かれることはなく、距離は一定に保たれたまま。
 でも、このまま抱えた状態で走り続けるなんて――。
 雅さんはなにも言わないけど、疲れないはずがない。

 「ちっ、まだ来るか」

 どれだけ逃げても、影は追うことをやめてくれない。このままだったら二人とも――。

 「隠れる……ことは」

 どこかに身を潜めていることはできないかと思い聞いてみると、そうするしかないか、と言い笑顔を見せる。

 「じゃ、ちょっと充電させてね」

 顔が近付く。すると額に、ちゅっ、と音をたててキスをされた。

 「こ、こんな時にっ!」

 「ははっ、こんな時だからだよ。――しっかり掴んでな」

 いつもり、少し低めの声。
 真剣な様子が伝わった私は、しっかりと、雅さんの首に腕を回した。
 途端、雅さんは速度を上げた。
 そして軽くしゃがんだかと思うと、一気に、空へ向かって飛び跳ねた。
 目も眩むような高さ。これだけでも驚きなのに、雅さんは木のてっぺんを伝い、森を駆け始めた。
 後ろを見れば、影はもう見えない。でも、まだ安心はできなくて。雅さんを掴む腕に、力が入った。



 「大丈夫。さすがに追ってはこれないはずだから」



 ぽつり呟かれた言葉に、私は間の抜けた声をもらした。

 「でも、さすがに限界かも」

 そう言って、雅さんは手頃な洞窟に入り、私を抱えたまま腰を下ろした。