知らない名なのだから当然なのだけれど、望みどおりに質問に答えたところで態度の軟化へと繋がりはしなかった。

聞きたいのは、登場の理由だったに決まっているのだ。

「シェリーよ」

 シェリーは、今度は彼の目を見据えて、きっぱりと言い、息を吸い込んで続けた。

「あなたのカノンを聴いたの。毎晩、ずっと聴いていたのよ。どんな人が弾いているのかしらと思って想像ばかりしていたわ」

そうだ、想像をしていたのだ。

どんな姿? どんな顔? どんな空気を持った人?

数々考えたパターンのどれ一つとして、今ではかけらも浮かばない。

「あなたに会わなくてはならないと思って、私。つかまえられたら、鬼を見たいわ。そうでしょう?」