「こんばんは」

 声にも意味はないのだろうか? そしてこの姿にも。

音は聞こえないのだとしても、目が見えないのだとしても、気配すら気づかないものだろうか。

悪意はないけれど、自分は許可なく侵入してきた者である。

これほど無防備で良いものだろうか。


 届いていない存在の寂しさを、シェリーは次には忘れていた。

部屋に二歩、踏み込むのは無意識。

扉を閉めたのも、ただの習慣。


 目は、弓の動きを映していた。

滑らかな、を通り越し、そう動くことが当然であるように、水が低い土地を目指し流れるように当然のごとき動きを。

呪い師の滑らかな手の動きのように、秘術を知るものの指先のように。

神の楽器だと、ヴァイオリンをそう語ったのは誰だったのか。

奇跡の楽器。

その姿は突如としてこの世界に現れたと聞いているけれど、初めの奏者はなぜ奏法を知っていたのだろう。

それもまた啓示があったというのか。