玄関を出て、一階から外に出る所で夜美の持ってきた傘を受け取って二人の頭上に差し掛ける。夜美のお気に入りの、オレンジ一色の、二人が充分入れる少し大きめの傘だ。
 隣に立つ夜美は、ふわふわもこもこのピンクのピーコート。夜美に良く似合っていて、私の好みに合っている、二人で買いに行ったいつものやつだ。
何だか嬉しそうで、鼻歌交じりでご機嫌だ。この曲は何の曲だったか。
私の方は、夜美のお母さんから貰った、黒のジャケットコート。夜美の好みに合わせた、いつものやつ。
滴から、細かな粒子に覆われたいつもの道を歩く。時折、広がる池を掻き分ける、夜美の足元からの和音が鼻歌に加わる。
いつものこと、夜美は水素を愛している。そして、水素に愛されている。

「夜美って、そう言うの大好きだよね。私にはとても無理」
 団地内の商店街にある、行きつけの個人商店。時代の流れか、微妙にコンビニっぽい。
夜美が選んだのは、最近出たという定番カップ焼きそばの激辛版。加えてスープにいつものワンタンの坦々版。
「うん、辛いもの好きー、彩月は辛いものは全然ダメだよね」
 その通り、私はどっちも夜美のチョイスの普通版。辛すぎるのはどうにも無理だ。
 買い物を済ませて、我が家に戻る。団地内の商店街だから、片道五分程度の二人散歩。
 周囲を満たす粒子は、濃度を変えることもなく、夜美の周りで踊る。

「ふんふんふんー。やっぱりーかやくは麺の下に敷かないとーダメだよねー」
 妙な鼻歌交じりに、焼きそばの準備をする夜美。外で粒子を全身に浴びたせいか、さっきまでよりも更にご機嫌状態だ。
「たいせつなものーながれてしまうーきがしてー」
 鼻歌に歌詞が混じったようだ、お湯を入れながら、どうにも最高潮にゴキゲンらしい。
このあと三分、シンクの前にて二人で待つ。

「湯切りのおとがー貴女を起こさぬようにー」
 先程までの歌の、続きっぽいものを歌いながら湯切りをする夜美。そろそろお約束の。
べこんっ
「あはは、鳴った鳴ったー」
 シンクが温度の変化で定番の音を出す。こんな音が鳴ったら、きっと夜美の歌に歌われている貴女も、起きてしまうだろうに。

 私の分の湯切りも済ませ、こちらも出来上がったワンタンと、いつもの飲み物と一緒にお盆に乗せて、炬燵の上に置いたら、いつもの位置に座る。
「ソースとーふりかけとースパイス入れて、ハイ出来上がり!」