それはうるう年である今年も変わらない。もちろん、朝から家族に祝福されてはいるし、今日もそれなりにお祝いはしているのではあろうけれど、それとは別に四年に一度、私達は二人だけでお祝いをする。
それは二回前、年月を八年遡る今日。二人でお雛様の前で、決めた約束だ。
「今日もねえ、お母さん帰り遅いんだよねー」
 夜美は残念そうに言う、でも悲壮感はない。仕方ないなあ、そんな感じの態度だ。
夜美の、両親への深い愛情と信頼。加えて自分的には、私と二人でお祝いすることへの喜びも入っているかなと、勝手に感じる。
「じゃあ、お雛様も私達だけで飾ろうか。晩ご飯はどうする?家で食べる?」
 そう言いながら、私は鞄を持って帰る姿勢になる。
「そうだなあーその時次第で。彩月ちゃんのお母さんのご飯も好きだけど、今日は彩月ちゃんに私の御飯食べてもらいたい気もするし」
 夜美は難しい所だと言わんばかりに悩み顔だ。
「あ、陽子ちゃん。また明日ー」
 夜美が教室を出ていくクラスメイトに手を振りながら声をかける。
「さようなら夜美さん、また明日。彩月さんも、またね」
 夜美の声に反応して振り返る陽子さんの、ストレートな長い髪が、さらさらと風に踊った。
「またね、陽子さん」
陽子さんを見る夜美の視線に、少なくない憧れが含まれているのを知っているのは私だけ。
「陽子ちゃんの髪、キレイだよねー。いつ見ても素敵。何と言っても…」
 黒髪和風美人、数学の成績は学年トップ、運動全般球技含めて大得意。夜美が憧れるには申し分ない素敵な人。それが、月島陽子さん。
「そうだね、私達もそろそろ行こう」
 夜美の言葉を遮って、私は夜美を置いていくように歩き出す。
「あ、待ってよー。あ、帰りにケーキ買っていこうねー。プレゼント楽しみー」
 屈託ない笑顔を浮かべているであろう弾んだ声を、後ろに聞きながら、私は教室を出た。
廊下側の窓から見える外の風景もまた、灰色の空と降り積もった一面の白。白い塊は灰色の空の気まぐれのまま、おさまっているようだ。

 クロス歩道橋を通り、21号棟について、3階まで上がる。夜美と二人で歩く、いつもの道のり。
二つ横に並んだ青いドアの上。右は龍上と書かれた我が家。左は中原と書かれた、もう一つの我が家だ。夜美が左のドアを開ける。
「ただいまー」
 夜美の元気の良い声が、室内に響いた。
「ただいま」