だけどあたしは達大さんの事を甘く見ていたのかもしれない。

「言ってごらん」

「へ…?」

達大さんは真剣な眼差しであたしを見た。
あたしは剃らすことが出来ないままただじっと見ることしか出来なかった。

「“自分に正直な恋”。忘れちゃったかな」

「っ」

ドクン。
あたしの胸は異常に高鳴った。そして遥が連想される。
前に言われた事があった。
達大さんに。
“自分に正直な恋”
忘れた訳じゃない。
だけど忘れたいと思っていたあたしがいた。

「…僕に言って欲しいんだ」

「あ…あたしはっ…」

怖かった。
この場で“遥が好き”って言ったら達大さんはどう思うのかな。
そんな事を言ったらこの大久保家を追い出されるのかもしれない。
ここまで車で送ってきたお父さん、すっかり大久保家に馴染んだお母さん。
この二人に辛い思いをさせてしまうかもしれない。

何より、翔太くんだ。

あたしにたっぷり愛情を注いでくれたのに、いきなりあたしから引き離したら…もう、仲良くしてくれない、いやそれ以上に軽蔑されるのが落ちであろう。

「美月ちゃん」

真っ直ぐな達大さんの瞳があたしを捕らえた。
あたしはただただ不安が募って口が上手く開かない。

遥に会いたい。
助けて欲しいよ。

「…あたしは…」

あたしの全てが遥で埋め尽くされた時、熱い何かがまぶたから溢れ出た。

「…美月ちゃん……」

「ご…めんなさいっ…あたし…っあたし…」

溢れて止まらない涙。
達大さんは優しくあたしを抱き締めてくれた。

「大丈夫、大丈夫」

達大さんの温かい温もりと深い優しさがあたしを包む。
大きく優しい手が頭に載った時あたしは全てをさらけ出した。

「あたし…、好きなっ…人っ、が…います…っ…」

「…そうか。頑張ったね、ありがとう言ってくれて。…だけど翔太には普段通り接してくれないか?」

あたしはただ頷くことしか出来なかった。
この時、達大さんが悲しげに笑ったことなんかあたしにはわからなかった。