「はあっはぁっ…」

怖いこわいコワイ。
恐いこわいコワイ。

あたしの足は次第に動かなくなっていた。
擦れて血が滲んだ足の裏。
下駄で締め付けられて赤くなった足。
浴衣で引っ張られた足首。

あたしの足は、悲鳴をあげていた。
足だけじゃない。
心も身体も、あたしをつくる全ての部品が。

二度目だった。

ベシャ。

あたしは道路に倒れ込む。
もう、立ち上がる気力は無かった。
体力の限界が迫り、意識は朦朧としていた。

「はぁ…逃げ足な速い…っ…女だ…っはぁー…」

《ネモトカズキ》はあたしを見下す。

もうダメだ。
あたしはそう、思った。

すると《ネモトカズキ》―――鬼が、妖艶な笑みを浮かべ、あたしをまじまじ見る。

「…ほう。いい眺めじゃん」

そう言うと、鬼はナイフをポケットにしまい、乱れたあたしの帯に手を伸ばした。
怖くて何も抵抗しないあたしに鬼は満足したのか、あたしに微笑みかけた。

「殺す前に、遊んでやる」

あたしの視界は涙で滲んだ。
怖くて、恐くて。
怯えていた。

解かれる帯。
その帯で結ばれる両手首。
開けられる浴衣。
完全に肌が空気に触れる状態になってしまった。

「…精々、鳴いて喘ぐんだな」

あたしの心は死人同様だった。



――その時。


何かが鬼を突き飛ばした。

ベシャ。

鬼は勢い良く道路に倒れ込む。

「いってぇ…んだっ、てめぇ!?」

「女性に無断で手を出すとはいかがかと?」


涙で滲んだ視界に映るのは、黒い着流しを身に纏い、透き通る程の白い肌、揺らめく漆黒の髪。

「…は…る……」

あたしの目からは大粒の雫がたくさん流れた。

会いたかった。
とてつもなく会いたかった。

「美月ちゃん」

この声が聞きたかった。
大好きな、遥の声が。

すると、鬼がナイフを手に取ると、遥に向ける。

「こっちにはナイフがあるんだぞ」

「だからどうした。ただの玩具だろ」

いつもの遥とは口調が異なっており、トーンにも変化があった。

「…っ、て、てめぇみたいな奴なんか、ちょろいんだよ…っ!!」

「ほう。ならなぜそんなにも動揺している」

「っ!!」


動揺している鬼に対して遥は冷静だった。
遥は余裕ぶりに袖の中に手を入れる。
すると、鬼は叫びだした。


「ムカつくんだよっ!!!」


鬼は真っ先に遥にナイフを向けて走った。


「っ遥!!」

すると遥は微笑んだ。