よし、あたしはここで、と。
部屋を出ようと試みる。
向きを変え、障子に手を添え、板敷きに足を踏み入れる。

少し、寒かった。
ワンピースに、薄いカーディガンを羽織ったあたし。
そんな不準備な身体に、ヒヤッと、寒さが肌を刺す。
ブルッと、身震いした後、ソッと障子を閉める。
コト、と。
障子と障子の間にある木柱に当たって、和やかな音を出す。

いつもは開いて、縁側とされているが、今は、窓が閉ざしている。

あたしはまた、歩き出した。
ペタペタと、足音を大袈裟に鳴らして歩く。

「何、しよっかな…」

右側には窓と、窓越しの庭。
左側に障子がずらり。

つまらない、たった一言。
「はぁ」と溜め息をつくと、何やら規則正しいリズムを保った、寝息がホロリと。
聞こえた部屋の前。
障子に手を触れてみる。

これは、お父さんでもなかったら、達大さんのでもない。
あたしは、考えてみた。
じゃあ…。

「…翔太くん」

ポツリ、呟いた。
先程まで、威勢良く喋っていたお母さん方の声は遠く、聞こえない。

どくん、どくん。

耳に響いてくる、あたしの鼓動。
障子に手を触れたまま、じっと。
ただ、障子を目の前にして……。



「おーい!!夏希ーー!!!」



「っ!!」


背後から聞こえる、勇ましい声。
きっと、翔太くんのお父さん、達大さんの声だ。
それと同時に跳ね上がった心臓。
まるで規則正しい鼓動リズムの真逆のよう。


「夏希ー」

徐々に近くなる声。
「やばいやばい」と、小声で焦る。
障子に触れている手と、翔太くんの部屋の前にいる自分に気付く。
ハッとして、あたしは声のする方向を見る。
どこにどう、逃げればいいかわからない私は、無意識の内に行動を取っていた。

ストン。

障子が木柱に当たる音が、消えるように、虚しく響いた。
そして障子の方に耳を近付け、達大さんが通り過ぎるのがわかった。
あたしは一つ、安堵の息を吐いた。

障子を閉めきった部屋は、薄暗くて、眠気を誘う。

「…助かったぁ…」

ふらっ、と、その場に崩れるように倒れる。
そして、あたしは今の危うい状況に気付くのであった。

「ぇ……」

座ったまま、向きを変え、畳の中央の物体に視線を移す。
強張る身体に、季節でもないのに、背中に流れる不吉な汗。



規則正しい寝息を立てる、翔太くんを、目の当たりに……。