「…でしょ?」

得意気に言ってくる遥にあたしは悔しいくらいの悲しみが押し寄せる。

すると遥の足が粉雪のように消えていく。
ゆっくり、ゆっくりと。

あたしは声にならない叫びをして遥の手を強く握った。

嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。

行かないで。

「…美月ちゃん、今までありがとうございました」

「…え…?」

遥はあたしの頬を優しく撫でる。

「君に逢えて俺はこれ以上何もないくらい、嬉しかったんだ」

涙は、頬を伝った。
ついに、この時が来たと悟るように。

「生まれ変わった君を初めて見たとき、なんだか少し不思議な感じがした。名前を聞いたとき途端に俺の胸が熱くなってさ、“離したくない”って思ったんだ」


あたしはただ頷く事しかできない。


「夏はさ、連続殺人の事で大変だったよね。でも美月ちゃんに少し傷を負わせちゃった。ごめんなさい」


ううん。
大丈夫だよ。
あの時は遥に助けてもらって本当に嬉しかった。


「秋はさあの木のトンネルでたくさん口付けしたよね。……あの時の美月ちゃん、可愛かったです」


徐々に消え行く遥の身体にあたしは不思議と焦りが消えていた。
今、一秒足りとも遥をこの目から外したくなかった。
焼き付けたい。
あたしの心に残るように。


「冬は色々あったね。翔太くんにもバレちゃったし。ごめんね?……あとイヴの夜、美月ちゃんと繋がれて嬉しかった。可愛すぎでした」


あたしも嬉しかったよ。
遥と一つになれたこと。


「再び訪れた春は……ごめんなさい。良いことがあまりありませんね。…でも、こうやって今、最期まで美月ちゃんといれて俺は嬉しいです」

「あたしも…だよ」


遥に逢えたこと。
別れまで一緒にいられること。

あたしは、遥に出逢えて良かった。



するとあたしの頬を触る遥の手が粉雪のように崩れていった。
あたしはまた一粒涙を溢した。
遥はあたしの額に自分の額をくっ付け儚げに笑った。


「……君は俺の存在理由、そのものだ……」

「……は…るっ…」

「………いつまでも、笑っているんだよ?…」

「………いや…」


握り締める手はまだ確実に残っていた。
あたしはその手を両手で包み込んだ。



「そうだ……」



そう言って遥は優しく笑った。