あたしだけが悲しんでちゃおかしい。
あたしだけが泣いてちゃおかしい。

大丈夫、大丈夫。
死んだ訳じゃない。
ただの揉め事だ。
“婚約者”なんて壁、あたしがぶち抜いてやる。


「よしっ!!」


あたしは元気を取り戻しシャンプーを手に取った。





―――…





「はぁー、さっぱりさっぱり♪」

あたしは温かいパジャマを着て頭にタオルを載っけて拭く。
足は靴下を履いていて寒くない。

「寒さ対策はバッチリ!!」

「やけに上機嫌だな」

「あ」


木の柱に寄りかかり影で覆われた翔太くんがいた。
足元は月が明るく照らす。


「…」


あたしは俯き言葉を交わすことなく足を進め翔太くんの隣を素通りする。

とりあえず逃げておこう、厄介になる前に立ち去ろうと、あたしは早足で進んだ。

すると髪を拭くあたしの手に違和感を感じた。
何かに握られているような。


「待てよ」


手首からあたしの身体は倒れ込む。
あまりの速さに言葉が出なかった。
あたしはまんまと翔太くんの胸に収まる。
後ろから抱き寄せる翔太くんの腕が冷たくて。
何も動作を出来ず硬直する。


「…俺の事、嫌いなのか?」


か細い声で囁く翔太くん。
わかってる。
これは翔太くんの武器だってことくらい。
あたしは騙されないんだから。



「嫌いじゃないけど、遥の事が好き過ぎて翔太くんを好きにはなれない」


「…」


あたしは凛とした、いかに真っ直ぐで素直な言葉を発した。

間違ってないと思ってる。
これは本当のあたしの気持ち。
嘘なんか一つもない。


遥が大好きなんだから。


少し緩んだ翔太くんの腕が抜け翔太くんの顔を睨んだ。

「遥に何かしたら、殺すから」


「…望むところだ、あほ」


翔太くんはあたしに背を向け、方向を変え姿を消した。

月から雲が晴れて眩しいくらいの月が輝く。
冬なのに曇らず星も輝く。


「…大丈夫、大丈夫…」


あたしは自分に言い聞かせ、月を眺め―――目を閉じた。