「―――美月…」





「っ……!」




遠距離でも良く聞こえた。
石段を登りきり鳥居の傍。
栗色の綺麗な髪を靡かせ、整った顔をした馴染みの顔。


あたしの“婚約者”。



「翔太くん………」



翔太くんの顔は悲しげで、あたしと絡まる視線が虚しい。
ゆっくり、ゆっくり確かに足を進める翔太くん。

きっとその先はあたしと遥。
あたしは怖かった。
とうとう、とうとう。






この日が来てしまった、と。







ぎゅっ。


「…」


あたしは自分の手を見た。
遥の手があたしの手を包み、強く握っていた。


「…怖がらなくていいよ」


遥の声は恐ろしい程に低く、小さかった。
視線は翔太くんに向けながらあたしにそう言った。

あたしはそれに従うように頷き握られている手を強く握り返した。

すると翔太くんはそれに気付いたのか眉をピクリと動かしていた。

ぞくり。

あたしの身体が強張った。
今日の翔太くんは格別怖く感じた。

怖くて怖くて。


あたしが怯えていた頃。
踊り場の前で、翔太くんは止まった。


「…あんたが遥って奴か」

「じゃあ君が…美月ちゃんに嫌がらせをしてる張本人かな」

「んだと、てめぇ…!!」

あたしはただ黙ることしか出来なかった。

「美月…っ!!」

「っ!!??」


あたしはビクリと肩を上げる。

「帰るぞ」

「え…」

「帰るぞっ!!」

「え…うわっ!!」


翔太くんは遥に握られていないもうひとつのあたしの手を掴んだ。
あたしはふと顔を上げ翔太くんの顔を見ると、どこか焦っていて、悲しんでいるようにも見えた。

「…翔太くん…」

「帰るぞ…美月」

「あっ…」

あたしと遥の手が離れ、片手が冷たくなって行く。
そして翔太くんはあたしを片腕で抱き、遥を睨んだ。

「美月は俺の婚約者だ。近い将来、妻になるんだよ」

「へぇ。そりゃあめでたい」

「ぜってぇ、渡さねぇ」


遥はニヤリ、笑みを溢した。
そして。

グイッ、と。
あたしの顎を無理に向かせ、口付けをした。

「…ぁ…」

あたしは俯く。
遥は翔太くんを怪しげに笑った顔で言った。

「…望むところ」

「行くぞ…美月」

「うわっ、え…ちょっ!!」


あたしたちは水城神社を出ていく。
だけどあたしはただ遥を見つめていたんだ。