「…どうして」

「ん?」

「どうしてあたしなんかに名前、教えるの?」

「う~ん」

あたしは聞いてみた。

なんか、可愛くない態度。
だから“男”にどんどん捨てられていくんだ。
どんなに可愛くなっても、性格が可愛くなくて…。

あたしはハッとして、溜め息を吐く。

…また、過去なんか思い出しちゃって…。

この時、男の子が哀しい顔をしたなんて、あたしはしらない。
だけど、顔を上げたとき、目が合うと、男の子は満面の笑みをあたしにくれた。

「君、名前は?」

「あ、あたし?」

「うん。そー」

男の子は無邪気に笑う。
あたしは少し緊張しながらも、男の子の目をしっかり見て口を開いた。

「成瀬美月」

「美月ちゃんね」

「え?」

男の子はまたニコニコ笑う。
男の子は笑顔と一緒に「文句ある?」などと訴え、あたしは顔を伏せる。



“美月ちゃん”

男の子の中では初めての“ちゃん”付け。
その新鮮さにあたしは胸を踊らせる。

“美月ちゃん”かぁ。
何年ぶりだろ。
ちゃん付けなんて。
照れるなぁ。

それにしても…。

「何で、和服なの?」

あたしはニコニコ笑う“彼”に聞いてみた。
だけど、“彼”は何も言わずに笑うのをやめて、探るような目であたしを見る。

「何…?」

「…」

“彼”は何も言わない。
むしろ、不機嫌そうに顔をしかめた。

な、なんだっ!?
あたしの顔に何か付いてるのかな!?
う~ん…。

「……って」

「え?」

“彼”は少しはみかみながら言った。




「…“遥”って、言って」



「え…」

突然の“彼”の言葉。
あたしはその現状についていけなかった。

何…それ。
これじゃあまるで…。

『“翔太”でいいよ』

アイツと同じ。

だけど…。


「…遥」


だけどなんでだろう。
今日初めて逢ったのに。
この人とあたしが昔、逢ったりとかもしてないのに。

…あたしは貴方を期待してしまう。


信じてしまう。


「良くできました」

緩く微笑んだ男の子。
そして、あたしの頭をソッと撫でる。


あたしは何もしないでただただじっと、俯いていた。



引っ越し先は海を一望できる小さな町。
“婚約者”のいるあたしの前に現した、神社にいた和服の青年。

これがあたしと“遥”の出逢いだった。