瞳は身支度を整え終わり、右手を上げて敬礼のポーズを取った。
「では、篠原瞳軍曹、本日の商談に出動します!」
 昇二は歯ブラシをくわえたまま敬礼を返した。
「ああ、行ってらっしゃい」
 それから昇二は自衛隊のブレザー型の制服に着替え、地下鉄で新宿区市にある市ヶ谷駐屯地に向かった。都営新宿線の市ヶ谷駅で電車を降りた瞬間電気が消え、あたりが真っ暗闇になった。電車の内外の乗客たちが一斉に悲鳴を上げる。
「何だ!停電か?」
「計画停電じゃねえの?」
「そんなわけないだろ。何年前の話だよ」
「それに、そうだとしたってここらは対象外のはずだろ?都庁があるんだから」
 非常灯が点灯し、ぼんやりと周りが見えるようになると騒ぎは収まったが、自動改札機が動かせないため、乗客がホームから出られなくなった。改札に殺到した人ごみに押されて昇二も身動きが取れなくなり、しきりに腕時計で時間を気にしていた。
「やべえ、初日から遅刻したら大変だ」
 だが数分後に駅員が改札ゲートの一カ所を開放して乗客を外に誘導し始めた。昇二がそこにたどり着いた時に電気が戻り、周囲が一斉に明るさを取り戻した。自動改札機は念のため閉鎖されたままだったが、昇二は走って駅の構内を出て駐屯地へ向かった。どうやら時間的には余裕で間に合いそうだった。