時は今




 音楽科の教室へ帰る途中、器楽室の前を通ると、耳に余韻を残す、声。

 否、それほど声量があるわけでもないから、心に残ると形容した方が正しいか。

(公紀くんだわ…)

 忍は公紀の歌声を覚えていた。

 人間の才能なんて何処に埋もれているかは分からない。チェロを弾いていた人間がこれだけの歌を歌えるなんて。

 何となく聴いていたい気分だった。

 話しかけてみようか。

 練習の邪魔にはならないか、という気がしたが、聴いていたいという好奇心の方が忍を強く動かした。

 ドアを小さくノックして、そろっとドアを開ける。中にいた公紀は揺葉忍の姿を見て固まった。

「……」

 そういえば社交的ではない印象の人物だ。どちらかといえば内気かというのか。緊張させてしまっただろうか。

「何…?」

「聴こえたから…」

「『持田公紀』の声、いいの?」

「『森は生きている』の『四月』の歌い手としては意外性があって魅力的だと思うわ」

「そう」

 公紀はピアノの鍵盤を見つめた。

「無理だって言われたから」

「無理?誰に」

「父親。面白くないんだろうね、歌われるのが」