「四季くん、どうしてヴァイオリン拾ってくれたの?」
見ず知らずの子のために。
雛子の純粋な疑問に、四季は端的に答えた。
「好きで楽器を弾いている人には、楽器は命に近いものなんじゃないの」
四季はいろいろ思うところあるようだった。ぽつぽつ話す。
「ヴァイオリンはいいものになると、それひとつきりだから。失ったら代わりになるようなものがないし。あんなのが落ちるの見たら、心臓が冷える」
雛子のヴァイオリンは無事だった。ケースの中まで水は入ってはいなかったし、落ちた時の衝撃での傷みもなかったのである。
雛子のヴァイオリンは先代から受け継いだもので、子供用にしてはかなりいいものだった。
いいヴァイオリンは弾いてみた時に何かが違う。
四季が言うようにそのひとつだからこそにしかない良さがあるのである。
「ピアノでも、3台くらいあるホールがあって、どのピアノが好きかって聞かれることがある。自分に合っているピアノがあるんだよね。ヴァイオリンも同じじゃないの?」
雛子の目がいつになく優しくなる。
「そうね。ピアノは弦に指が直接触れるということはないんだけど、ヴァイオリンは直に弦に触れるし、構えて音を出してみた時に『ああこれだ』って思うの。合っているヴァイオリンってそうなの」
音楽の話をしている時の雛子は幸せそうな表情をしている。
四季はぼーっとその顔を見つめた。
四季に見つめられるとドキドキする。
「何?四季くん」
「……。何となく」
「……」
「さっきまで、とても冷たい気持ちになっていた。高遠さんに対する気持ちが、あらゆる感情という感情を超えて、麻痺してしまっていた。忍を傷つけられて悲しかった気持ちと、高遠さんに想われていることにつらくなって、これはいつ終わるんだろうって」
「雛子に想われるのは重荷?」
「…ごめん」
四季の言葉が穏やか過ぎて雛子の心も異様に静まり返っていた。


