「──四季?」
いつのまにか授業が終わっていたようだ。由貴に目の前で手をひらひらさせられて、四季はハッとしたように古文の教科書を片づけ始めた。
「大丈夫?気分悪い?」
「ううん。平気」
まだ、さっきの音楽科の授業の余韻が残っていて、持田公紀の歌が思い出された。
持田公紀が樹の目に止まっていなかったのには、理由があった。
元々公紀はあまり人前に出たがらない。奏している楽器に似た気質で「歌う時もおさえて歌っていた」と言う。
「歌なんかで目立ったら恥ずかしいから」──が、そこで素養が見分けられない樹でもない。
公紀の歌う時の声を聴いて「ひょっとしたら?」と思い、公紀に「本当はもっと歌えるんじゃないの」と聞いてみたのである。
すると、本人はやはりあまりいい顔はしなかった。目立たないように歌っていたのに、という感じで。
樹からしてみれば「もったいない」といった感じだったのだが。
──が、「高校2年の文化祭なんか後にも先にも二度とないんだから、きちんと歌ってみて」と樹に言われて、そうかな、と少し思い、『4月』の歌を歌ってみたのである。
結果がこれだ。
その後、四季と公紀のふたりで歌わされたのだが、公紀の歌声は声楽的に鍛えられたものではなく、自然に歌っている声だったので、四季と歌っていてもお互いの声がお互いの声を潰さなかったのである。
最初に四季の歌声を聴かせた樹の思いつきが生かされた形になったのだ。
四季の方も意外に公紀の声と合っていることに、歌っていて不思議な感じがした。
由貴と連弾を弾いている時とはまた違った感じの──純粋に音同士の相性がいいものにめぐり合った感覚になった。
「由貴、今日放課後は?」
「体育館の使用時間の調整と、各クラスでやるものの場所と時間帯の把握。駐車場に野外ステージ作りたいとか言っているクラスもあるから、駐車場の確保の問題とか」
…聞いているだけで大変そうである。
「由貴、よく身が持つよね」
由貴は仕方のないような笑みを浮かべた。
「こういうところに取り柄があるとすごく損した気分にはなるけどね。自分が倒れることがないようには調整はしてる」


