「…今、なんて言われてもわからないわ」
雛子は俯く。
「私はいつでも私だもの」
「……。でも、揺葉さん傷つけるとかは行き過ぎ」
「そう。舘野くんにはそうなのね」
「そう」
「何処までが行き過ぎではないのか、わからない世の中ね」
ふと、雛子が何処を見ているのかわからない目をした。
何か──実際に雛子の周りでそういうことを言わせるだけのことがあったのだろうか。
「高遠さん?」
言葉を途切らせる雛子に、馨は怪訝そうに声をかける。
雛子はふっと一瞬だけ微笑むと、何でもないというように首を振った。
「気にしないで。衣装を着て歌うのが楽しみだわ。私も早く仕上げなくちゃ」
席に戻ると、衣装に取りかかり始めた。
馨も席についたが、一瞬、雛子が見せた心もとない表情と、いつもの雛子との表情に──アンビバレントなものが心に残る。
馨が『4月』の役を断ったのは、ピアノを弾いている四季が、雛子にとっても忍にとっても『4月』だと思ったからだ。
『4月』は、「森は生きている」の物語では小さくはない。声楽をしていてこの役どころを与えられるなら普通は光栄なもの──であるはずなのだが。
歌以前に物語の重要なポジションに立っているのが高遠雛子と揺葉忍という時点で、あえて舘野馨の『4月』かという違和感が残るのだ。
幸い、先日クラス全員が丘野樹に歌わされた時に、「ソロパートを歌う人」「コーラスを歌う人」という大まかなものは決めてくれていたから、ソロパートに分けられた生徒はそれぞれどの役を振られてもいいようにソロの部分を練習してはいるはずだった。
樹は「考えておくけど、馨以上には歌えないという話になる場合もあるから、『4月』は練習しておいて」とは言ってはいたが。
(樹は誰を『4月』に選んだんだろう)
そのことが気になった。
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