時は今




 由貴本人は納得していないのか、微妙な表情をしている。

「たぶん、親父みたいにピアノを弾いたことがない人には、わからないのかもしれない。四季が聴いたら、『今日は由貴、調子いいみたいだね』とか、その時のピアノに対して的確な反応が返ってくるし」

「でも由貴、文化祭終わるまでは生徒会も忙しいんだよね」

「そう。文化祭が終わったら生徒会役員選挙があるから、新しい生徒会役員が決まったら仕事の引き継ぎになるだろうし、それ以降は俺も涼も少しは余裕が出来るんだけどね」

「忙しい時はあまり焦るのも良くないよ。毎日それだけの時間練習しているだけでも、腕は維持されているから。無理な練習も手を痛めるから、由貴の場合現段階では『今の腕をキープ』がいちばん大事。それ以上を求めるとなると、生徒会役員の仕事か、何か他の時間を犠牲にしないと無理だから」

 由貴は息をついて、そうだね、と呟いた。

「新しい練習曲を弾いてみた方が腕は上がるのかと思って、弾いたことのないものをたまに選んだりして弾くんだけど、結局練習時間がものを言うんだよね。結局あれこれ新しいものを試してみるより、弾ける曲をきちんと弾く、という意識を持っている方が上手くなる気がする。完璧に弾ききろうという意識はプロの人が誰しも持っている意識でもあると思うし。それがベースにあって新しい曲も弾ける時間的余裕があるなら、そこで初めて弾く、というのがいい気がする」

 四季もそれは一理あるというように頷いた。

「僕もその意識は持ってる。力は抜いて、でも気持ちだけは完璧に弾ききる緊張感を持って、というのは大事」

 四季に話すことで、十分に弾けていない状態なりに気持ちを整理したのか、由貴は「今度時間が合う時にゆっくり見てもらっていい?」と訊いた。

 四季も由貴と一緒に練習している方が学ぶことも多い。普段弾いていて考えないようなことを考えたりするからだ。

 由貴の音があることで自分の音がどう聴こえるものになっているのか、とか。

「そうだね。どの曲がいい?僕も弾いておく」

「弾いておくって、俺が弾いている曲は四季は大抵弾けるんじゃないの」