洗濯物を干していると、「あら、若様」とお手伝いさんが庭を通りかかって行った。
「体調が良くない時は私にでも声をかけてくださればよいのに」
「楽しんでいるからいいよ」
それでなくても、本来なら学校に行っているはずの時間なのだ。その時間にこうして洗濯物を干していたりするのは、ちょっと楽しい。
白いシーツがふわりとはためく。庭にあふれるのどかな光。白と薄紫の桔梗が微笑んでいる。
「お祖父様の家は忙しい日とそうでない日ってあるの?」
ふと興味が湧いて訊いてみると、お手伝いさんはそうですねぇ、と首を傾けた。
「お客様が多い日はやっぱり…。でも静かな家ですからね。きっちりきっちり、毎日の仕事をこなしていれば、大抵定時には帰れるんですよ。早織さんが、そうなさってくれるんです。家庭も持つ身でしょう、と仰られまして」
そこで、は、と思い出したように、両手で頬を支える。
「いけない。下ごしらえの最中だったんです。すみません、若様。私、失礼させていただきます」
「ううん。ごめんね、呼び止めて」
いそいそと小走りにかけてゆくのを、四季は微笑ましく見送る。
仕事というものを漠然と考えてみた。
何か──人か、あるいは世の中の役に立つことが、仕事という気がするのだが、もし音楽を仕事にしたいと考えた時に、仕事という枠組みだけで考えてしまうと、あふれるような情感や感受性の輝きが、損なわれてしまわないかと不安になったのだ。
「……」
桔梗はただ柔らかく風に揺れていた。
目的がなければ輝きを失う人とは違う。
花は目的を持たなくても、自然がゆるすかぎり、美しく咲こうとする。
それはなんて。
綺麗。
しばし四季は花に見とれていたが、鋏を持って来ると、白と薄紫の花を一輪ずつ選んで切った。
一輪挿しに活けて、自分の部屋の窓際に置いた。
目的があってもなくても、自然に、自在に、奏でられる手を持てるなら、それはどんなにいいだろう。
不可能という言葉を作り出したのは人間であって、そこには不可能はないのかもしれない。


