「──…」
樹の表情が色彩を失う。
時計を見た。20時過ぎ。
塾や部活、バイトがある高校生でもなければ、とっくに帰宅してはいい時間ではある。
『舘野くんが教室に最後まで残って衣装を作っていたらしいんだけど、高遠さんの鞄がずっと教室に置かれているから変に思ったみたいで。樹が高遠さんといたはずだって、舘野くん、言っていたんだけど。樹の携帯番号がわからなかったから僕にかけてきたみたい。樹、高遠さんとは何時頃まで一緒だったの?』
「いや…雛子とはそんなに長い時間は一緒にはいなかった」
樹は半ば上の空で答える。
「雛子、あの後教室でしばらく衣装作っていたんだけど、家庭科室で作るって言って──ひとりで教室を出た。しばらくしてから気になって俺も家庭科室に行った。それで…雛子の首筋にキスした」
『キス…って』
「あいつ、お前がいる時、すごく魅力的に歌う。表情とかも。見ていて面白い。俺があの表情引き出せないかって考えて──」
『……』
「悪い。四季は揺葉さん傷つけられてるのに。俺もどうかしてる。これでどう指揮するんだって思いもするんだけど──」
『樹、高遠さんのこと好きなの?』
「だろうな。──雛子、案の定激怒して、俺の頬ひっぱたいて、泣きながら家庭科室出て行ったけど」
『何でそんなことするの』
四季はめずらしく強い調子になった。
『好きなのに傷つけてどうするの。樹、変だよ』
(変?)
そうか、変なのか、という納得が心の中に降りていった。
「ふうん。そうか…。変、ね。どのくらい変なのかわからないけど、まあ、変なのかもしれないな」
『……』
「だから、雛子の目に映るのは綾川四季なのかな」
四季は少し考えて答えた。
『僕には忍がいる。だから高遠さんが想ってくれていても、それを受け止めることは出来ない。でも樹が高遠さんのことを好きなら、樹なら受け止められる余地はあるかもしれない。だけど、そんな伝え方じゃ、女の子は傷つくよ』
樹は微妙に口の端を上げる。
「今まで本気で好きになったことがないから、わからないんだよ。そうか…傷つく、か。そういう気持ちがわかるってことは、まったく同じではなくても、あいつの気持ちがわかるってことなんだよな」
『──樹』
「ちょっと四季がうらやましい」


