「本当にいいものって、その人が『生きている』時にはわからないものなのかしら?」
忍が言い得て妙なことを口にした。四季が興味を惹かれたように聞く。
「そういうこと考えながら歌ってるの?」
忍は笑った。
「だってわからないんだもの。賞賛されても批判を受けても、表現したいものをきちんと表現出来ているか、自分の感覚が確かでなければ、揺葉忍の歌なんて簡単に翻ってしまう気がする。四季は1位を取った時、何を目指す?上には上がいるとは言うけれど、ある程度の高みにまで登ってきてしまったら、人と同じものを研鑽するのではなく、自分の最高のものを磨くしかなくなるんじゃない?そうして最高のものを遺していった人の中に、後世になって名が残っていくような人がいる」
「忍の言っていること、わかるような気がするけど、なかなか難しいね」
四季は微妙な表情を浮かべた。
「ピアノをあまり聴いたことのない人の前で演奏する時に、何がわかりやすくウケるのかって『早弾き』なんだよね。超絶技巧を聴かせると喜んでくれるの。でも──音楽を愛している人の前ではそうはいかない。たとえば、忍だとか。忍なんかは僕のピアノを本当の意味で聴いていてくれるから、今、忍が言っているような『自分の最高のもの』を弾かなければいけないと思う。それはイコール『最速』ではないんだよね」


