その日、忍を送りながら四季は樹にされた話を忍にしてみた。
忍は高遠雛子の名前が出て来ると少し表情に元気がなくなる。
「忍…。どうかした?」
四季が忍に問いかける。
忍は首を振った。
「あ…ううん。何でもない」
「何かあった?」
「──」
四季の心配が伝わって来て、忍は躊躇いがちに言葉にし始めた。
「今日、世界史の授業が終わって教室に戻って来たら、楽譜が散乱してて」
「──」
「高遠さんが窓際にいて『ごめーん。窓開けたら風で飛んじゃったー』って…。でも私、楽譜は机の上には置いてなかったの」
「……」
「高遠さんだとは限らないんだけど」
「──聞いて良かった」
四季は忍の顔を見た。
「今までにも他にも何かあったりする?」
忍は少し考えて「ないよ」と言った。
「こういうことは考えないようにしてるの。考えれば考えたように物事が動くことってあったから。ひとりの人をわざとそういう袋小路のような思考回路に陥れようとする思惑があったのだとしたら、その思惑の通りになってしまう人がいれば格好の獲物じゃない?人を蝕むのは疑心暗鬼だけれど、疑心暗鬼が芽生えるように仕組む人を断定することは難しいわ。そういう人たちは『人を信じられないのはその人の心が悪いからだ』と何喰わぬ顔をして言うだけだもの」
四季は忍の語る声の誠実さに耳を傾けていた。
「四季は私の言っていること、わかる?」
「何となく。そういうのはつらいね」
「四季がいて良かったと思うのは、私の言葉をそのまま自分のことのように思って返したりはしないからだと思う。それは私のことを本当に想っていてくれるからだと思ってる。何でもその人の思うように頷いてあげたり、もしくは反論することは簡単なの。難しいのは自分の言葉で返すこと。他人の言葉を借りたりせずに。人の言葉を借りた方がうまくゆくことも多いけど、それがごく親しい人の間柄でもそうなら、私は人とのつき合いに疑問を感じてしまうし、それほど親しくなる必要性を感じなくなると思う」


