時は今




「──ストップ」

 丘野樹の制止が入った。

「高遠さん、声はいいんだけど、そんなに『女』を出さなくてもいいから」

 雛子は樹を勝ち気な瞳で睨みつける。

「『女』って何?」

「揺葉忍を意識してるの丸出し。あのさ、『森は生きている』の物語、頭に入ってる?あの物語に性を意識させる要素ってある?ないと思う。あるのは主人公の少女が少年だったとしても、物語のテーマはひっくり返らないような何かだと思う」

「何かって何?私の歌の何がいけないの?あなたの物語解釈なんて聞かされても私にはわからないわ」

「はっきり言っていいの?『高遠雛子』の個性が強く出過ぎ。これは物語だよ。音楽だ。『森は生きている』に『高遠雛子』なんて登場人物出てくる?君の個性を出すのは君なりに『森は生きている』を昇華してからにして。物語をぶち壊すくらいの破壊的な歌なら、もう別の物語だ」

 あっさり言い放たれて、雛子はきゅっと唇を結ぶ。

 つかつかと樹に歩み寄ると、次の瞬間、樹の頬に平手が飛んでいた。

 見ていた外野は唖然とする。

「なら、指揮者ひとりで、『森は生きている』を鳴らしてみたらいいわ!」

 雛子の言葉も痛烈に樹には響いた。

「…っ」

 女に殴られるなんて初めてだ。

 樹はわずかに眉間にシワを寄せ頬を手でおさえる。

 雛子はそのまま音楽室を出て行ってしまった。

「──おい…。丘野」

「ちょっと言い過ぎじゃねぇ?高遠さんの歌、俺、良かったと思うけど」

 樹は淡々とした表情で言う。

「──あんな小さくまとまるような女じゃないよ。高遠雛子は。揺葉忍の歌、良くなってた。すごく」

「え?」

「とにかく、あんなんじゃ文化祭でも演奏会でも『音楽』じゃなくて『喧嘩』になる。それはまずい」

 樹の言うことも、もっともだった。

 ただでさえ実力のある雛子の強い声が『音楽』を掻き回してしまったら、困る。

「──四季くんと揺葉さん、最近仲いいもんね」

 女子の声がぽつりと響く。

「うん。ふたりとも学校でベタベタするんじゃないけど、高遠さん、敏感だから…ね」

 樹もこういうことに関してはどうしていいのかわからない。

 才能ある人材が揃っていても足並みが揃わないことがある。

 ──悩みの種である。



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