時は今




 杏は「私も恋したーい」としおれている。その時、たまたま丘野樹がこちらの話を聞いていたのか、ほのかの目と合った。

「ねぇ、杏、丘野くんとかは?」

「え?」

「今、丘野くん見てたから」

 杏はほのかに言われて、丘野樹の方を見る。すると、樹はふい、と目を逸らしてしまった。

 杏は視線を元に戻す。

「丘野くん?何か丘野くんて恋愛に興味なさそうだけど」

「わかんないよー」

「…聴こえてんだけど」

 樹の無愛想な声が割り込んできた。ほのかがにこっと笑う。

「丘野くん、誰を見てたのー」

「別に」

「でも興味ないと見ないよね?」

「俺、無駄に耳がよくて聴こえちゃうの。いろいろと。試験前だから静かにして」

「丘野くん、恋愛興味ない?」

「別に」

 …やっぱり無愛想だ。

 杏が丘野樹に声を投げた。

「ねぇ、恋とか心の表現にバリエーションがある人って、音楽でも素敵な表現が出来ると思うんだけど。たとえば四季くんみたいに。その辺り、指揮者志望の丘野くん的にはどうなの?」

 樹はふと、考え込むように息を止めた。

「──指揮をするために、恋愛をするのは不純だと思う。というか、それはもう恋とは呼べないと思う」

「ふうん…」

 らしいといえばらしい答えが樹からは返ってきた。

 それでも恋をそんなふうに考えているのか、という答えだった。