自失している忍は見るからに危なっかしい。それでも傍目には落ち着いて見えるのが厄介で、四季は今自分が隣りにいなければどうなっていたんだろうかと考えてしまう。

「──忍」

「ん?」

「手。…危ないし」

 忍は傷めていない左手の方を四季に預けた。

「学校のピアノがいい?」

「うん」

 忍は夢の中にいるような不思議な感覚になっていた。





 校門をくぐる。流石にこの時間になると残っている生徒も少ないのだろう。電気のついていない教室も多く、生徒もほとんどいなくなっていた。

「あれ?」

 音楽科の建物の前で、吉野智とすれ違いそうになった。演劇部の部活が終わったのだろう。

「どうした?四季…と忍?」

 忍は智を見ると「四季のピアノを聴きたいって言ったの」と答えた。

 嘘ではない。

 嘘ではないが──。

 智は忍の様子がいつもとは違うことに敏感に気づいた。四季に手を繋いでもらっているあたりからもうおかしい。

 大丈夫か?というように無言で四季を見ると、四季は「吉野さんも聴いて行く?」と穏やかに言った。

「うん。邪魔じゃねーんなら」

「良かった」

 智は気遣わしげに忍に並んで歩き始めた。

「──忍、何かあったのか?」

「……。…弾かなきゃ」

 忍が独白のようにこぼした。

「──忍?」

「私も弾かなきゃ」

 忍の瞳の向こうで何かが燃えはじめている。智は「弾きたいのか?」と訊いた。

「私は私の音で弾かなきゃ」

 四季はその言葉を聴いて自失している忍の奥底に眠っている意志を確認するように問いかける。

「いいの?綾川四季のピアノで」

「四季のピアノがいいの」

 四季は忍の手を強く握った。

「わかった。弾いて」