恭介の一言で四季のピアノソロについての話は一旦終了してしまっため、忍が「四季、ちょっと」と廊下まで呼び出した。
「これ、音楽科の練習日程表。四季が参加出来る時でいいから」
「うん。わかった」
「由貴にもお願いする形になってしまったけど。大丈夫?」
「由貴なら大丈夫。というより…忍が由貴のピアノ聴きたいかと思って」
「──」
忍の瞳に動揺の色が浮かび、困ったように俯いた。
「…四季」
「違う?」
「…違わない。けど…」
そんな気の遣い方をしないで、と忍は消え入りそうな声で言う。
「私は涼も由貴も大切なの。ふたりの邪魔はしたくないの。だからこれ以上好きにはならない方がたぶんいちばんいいの」
(やっぱり)
忍の言葉を受け止めて、四季は悲しいのか何なのかよくわからない気分になる。
忍は顔をあげると、ふふっと笑った。
「──でも四季と由貴の連弾が聴けるのは純粋に嬉しい」
「そう」
忍はいつからこういう切ない表情をするようになったんだろう、と四季は考える。
笑顔なのに物憂い印象を残すのは、忍自身がいつも何処かに悲しい感情を抱えているからではないだろうか。
桜沢静和の恋人で、由貴のことが好きで、目の前にいる人間が自分に対してどう思っているのかなんて、まるで見えていないようだった。
「忍」
「何?」
上目遣いの眼差しが澄んで綺麗だ。
「僕じゃダメ?」
「ダメ…って」
忍は「何のこと?」と聞いてくる。聞いてしまってから「あ…」と、また目を伏せた。四季の目を見てしまいそれが愚問だということがわかってしまったからだ。
四季は「困らせたいわけじゃないから、すぐに答えを出さなくてもいいよ」と言う。
「でも考えておいて」
「……。うん」
頭がぼーっとしていた。
忍はふわりと四季に背を向けると、いっぱいいっぱいの気持ちで心を鎮めようとしていた。
(四季を由貴の代わりにしたらだめ)
四季は由貴じゃないんだよ。そう言い聞かせていた。
誰かは誰かの代わりにはなれない。代わりにするなんて四季に対して失礼だ。
(私、どうしてこんなにつらくなっているんだろう…)
好きでいてもつらいだけなのにどうして好きでいるんだろう。


