絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

 彼はもう一度ボタンを押すと的を止めた。
「当たってる……」
「当然です。あの速さならすぐに慣れますよ」
「すごいですね!」
「どうです? 面白かったですか?」
「ええ、とても!」
「それはよかった」
 彼はさっき一瞬みせた、真剣なまなざしが嘘だったかのように微笑む。
「もう一度チャレンジしますか?」
「いえ……どうにも……」
「では、上に上がりましょう。一休みしていてください。また、夕方になったらお呼びします。それまで船内をお楽しみください」
「あ、私、プラネタリウムに行きたいです。どこにありますか?」
「案内します」
 彼は嫌な顔一つせず、先へ進む。
「5時になればカジノが開きます。幕開けです。その時は、呼びに行かせますので、部屋で待っていてください。カジノでは警護を1人つけましょう」
「え?」
「何も危険なことはありませんが、あなたのように美しい方を放っておくのは心配です。それに、彼は日本語も話せますので安心してください」
「あぁ……そうですね。私、日本語くらいしか話せませんから……」
「英語は?」
「少し」
 さすがにここで「話せません」では、格好がつかないと思い、多少さばを読む。
「たいてい英語でも通じます。困ったときは英語で大丈夫ですよ」
「……はい」
 しまった。やはり英語くらい勉強しておくべきだった。……帰ったら本格的にレイジに指導してもらおう。
「ではこちらです、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
「パーティ、楽しみにしています」
「はい」
 どうしてこの人はこんなに優しく微笑むことができるのだろう。
 ブラタリウムで係員に案内されて、席につきながら香月は考える。
 中国人で、日本人に顔がよく似ているから表情がつかみやすいのか、それとも、何事にも不自由していないから、か……。
 館内での説明は、当然英語であった。多分、中国語と英語の2バージョンあったうちの英語で放映してくれているのだろうが、どちらにしたって今の香月には同じことだった。
 プラネタリウムで一時間ほど過ごしたあと、船内を散歩してから、カフェに入ろうとして気づく、そういえば、日本円しか持ってきていない。
 しまった……彼がいないとここでは何もできない……。
 とりあえず部屋に戻ってルームサービスをとろう。そうすればただ、だ。
 さて、そんなこんなで午後5時。何時に迎えに来てくれるのか聞いていなかったので、とりあえず準備だけはしておいたが、実際来てくれたのは午後8時半を少し回った頃だった。何もすることがない、つまらない3時間がようやく終わることになる。
 インターフォンが鳴ると香月はすぐにロックを解除した。