「うん」
 一緒に見ることができればいいのに、という話もした。多分彼もそれを覚えているだろうが、何も言わない。
「少し時間かかるけどいい?」
「嫌だって言ったって行くでしょ?」
 香月は笑う。
「ちゃんと見透かされてるな」
「だってレイジさんいつもそうじゃないですか(笑)」
「そうかな? (笑)」
「うん……そうでしたよ」
「丘台の上にね、桜が一本植わってるの、知ってる?」
「いえ、全然、丘台がどこなのかもはっきり分かりません」
「ここをまっすぐ行った所。もしかしたら、少しくらい残ってるかも」
 レイジはこちらをちらっと見て笑った。あのいつもの雑誌の笑顔だ。
「……そういえば最近さ、あの彼氏に会ってる?」
「あぁ、いえ全く。連絡もとっていません」
「そうなの……」
「なんだか、そうやって頻繁に連絡をとると恋人みたいじゃないですか。だからです。そんなことはしたくない」
「そう」
 彼はにこっと笑っているように思えた。車内は明かりがないので、それをちゃんと確認することはできない。
 車はそのまま30分ほど走り続けたので、到着した頃には午前12時をすぎようとしていた。
「本当だ、ここに一本だけ桜があるー」
「咲いてる時は毎晩結構人来るからね。穴場なんだけど皆知ってるの」
「それ、穴場じゃないじゃないですか(笑)」
 車から降りてみるとまだ外は肌寒い。薄手のコートを羽織ってくれば良かったのだが、まさかこんな遠くまで来るとは思わなかったし、ただのドライブだから車から出るとあまり考えていなかった。
「寒いでしょ」
「うん」
 多分彼がその寒さをどうにかしてくれると思ったので、見上げた。彼はそれに気づいたのかしばらく見つめ返してくる。
「……」
 彼も薄着であった。車にコートでも積んでなければ、今寒さを凌ぐ方法は多分、これしかないのだ。
「ごめん、もうしないって決めたのに」
「いつ(笑)」
「最近ずっとしてなかったでしょ」
「そうだったかな……」
「僕の苦労はいつも全部水の泡だね」
「そんなことないよ。今、あったかい」
「……」
 彼はいっそう強く抱きしめてくる。