寺山は開かれたままのドアの間で、上から見下ろす。
「……たまになら……」
「電話もたまにならいい?」
「私、多分……」
「何?」
「多分だけどね」
「うん」
「いつか好きになれるのって聞かれたら、分からない」
「うん、分かってるよ。今付き合えないってそういうことだと思うから。だけど、俺はまだ諦めきれないから……たまに相手してくれたら……してほしいなって」
「それ、寺山さんのためになるの?」
 香月は、思い切って寺山の目を見つめた。
「ならないかもしれないし、なるかもれしれない」
 彼はにこっと笑うと幼い笑顔を見せる。
「……私はいつも通り、今まで通りのことしかできないと思う」
「それでいいよ。それで、少しでも気になるなって思ってくれれば儲けもんだって思ってるから。諦め悪いんだ、俺」
「……」
 ほんとだね、という一言は飲み込んだ。
「……寺山さんって多分……」
「何?」
「女の人に振られたりしたことってないの?」
「え、あるよ。普通に。何で?」
「いや、何でってこともないけど……」
「東都本店に来てからは彼女はずっといなかったよ。そんな遊び人の噂は死ぬほど流れてたけど、そんなのいちいち誰も気にしてないだろうなって思ってた。だってあれだけ人がいたら、俺の顔を知らない人の方が多いだろうって」
「……そうだね。役職についてる人ならあれだけど、普通の人のことは知らないかもね……」
 寺山がイケメンで有名で……、という話題に触れるような気にはなれなかった。
「香月さんは有名だよ。皆知ってる」
「そんなことないよ。普通の人だもん。ただ、フリーで色々行くから、確かに知った人は多いかもしれない」
「綺麗で有名なんだよ。知らない?」
 それはあなたでしょうが、と今は言わないでおく。
「知らない」
「だから俺、知ったんだよ。ずっと遠くから見てるだけだったけど、この前のテレビのことで運よくきっかけができたから、思い切って誘おうって」
「……そうだったの」
 寺山の一言一言が全部嘘で全部本当のようで、全部どうでもいいことのように思えた。
「……」
「今日はまっすぐ帰る?」
「うん……明日も早出だから帰ってすぐ寝る」
「そっか、ごめんね、引き止めて」
「……大丈夫」
 返す言葉がなかったので、とりあえず大丈夫とだけ言う。
「じゃあまた、明日」
「うん、おやすみ」
 香月は寺山が閉めてくれたBMのエンジンをすぐに入れると、ゆっくりバックさせて方向転換し、駐車場から出た。