絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

 予想外の言葉に、夕貴の目を見た。
「え、嘘……」
 だが夕貴は決してこちらを見ようとはしない。
「阿佐子だけには漏らしてたようだな。まあ、阿佐子も俺ならと思って喋ったんだろうけど。多分他には誰も知らない」
「え、いつから知ってたの?」
 わざと目を合わせないつもりのようだ。目がずっと泳いでいる。
「当時だよ」
「なんで……」
「言えるかよ。お前、言ったら絶対あいつに言うだろ? どっちにしたってあいつは結婚するつもりだったんだ。そうなら、もう何も言わずに、ただそのまま別れる方がいいって……珍しく阿佐子がそう言ったんだよ、確か」
「嘘……」
 ここでようやく夕貴はこちらを見て、言った。
「ほんと」
 今度は香月が目を逸らしてしまう。
「私ね、何回か会ったの。この前も、その前もロンドンに行ったわ。やっぱり諦め切れなかった」
「……誰か止めなかったのかよ」
 夕貴はしかめっ面でこちらを一瞥してから溜息をついた。
「止められたわ。だから、滞在したいところを、ちゃんと2泊だけで帰ってきたのよ。でも、私、やっぱり忘れられないと思ってもう一回ロンドンに行ったの。
 だけど、その時はっきり言われたわ。今は他に好きな人がいるんだって」
 耳元の声が突然大きくなったので、香月は驚いて肩を引いた。
「だからあいつはそういう奴なんだって! 結局お前の気持ちをもてあそんでるだけなんだよ!」
「……そんな気がしない」
 まっすぐ前を向いて、正直に答える。
「そんな気がしないだけ。傍から見てる奴はたいていそう思ってるよ」
「……そうなのかなあ」
 自分と榊だけの世界があって、その中で通じあえているのならいいと、今更思えるはずもない。
「あいつは適当な奴なんだよ。だって実際離婚したじゃないか。一度結婚したら相当のことがない限り、別れようとはしないよ。それが普通」
「病院経営するのは自分にむいてなかったって言ってた」
 ちゃんとした理由があるんだと香月は胸を張って言ったが、夕貴は逆にそこを突いた。
「そらみろ、どうでもいい理由だ。夫婦には何の関係もない。あいつはそういうだらしない奴なんだよ」
 夕貴がヒートアップするのと反比例するように、香月はどんどん落ち込んでいく。
「……私、ものすごく固定された観念の中で見てるのかな……」
「ずっとな……。え、今彼氏がいるんだろ?」