背後から突然呼ばれて、心臓が大きく鳴る。
「……びっくりした……」
 相手を見て、驚きの表情を見せる。事務の女性だ。
「これ、今日中に目通しといてください」
「……はい」
 そうだ、仕事がある。明日明後日、いや、今日中に片付けなければならない仕事が山ほどある。
 しかし、その前に。彼女が帰って、携帯電話を充電して、メールを受信した時に、この気持ちが分かるように、ちゃんと送信しておこう。

『件名  必読
 
   帰ってきたら、必ず会おう。』


 泣いた。よくもこれだけ泣けるものだと思う。涙はいつまでたっても流れ出てきて、止めようがなかった。
 あの後、榊にいつものように丁寧に見送られ、予定通り、その飛行機に乗った。ここで乗り遅れる意味はもうない。
 機内では静かに涙を流し、10時間、眠る暇もなかった。おかげで、日本にたどり着いて、こうやって自室に入っても、瞼が重たくて、ただベッドに横になることしかできない。
 午前1時。もうロンドンの時差を気にして電話をかけることもない。
 それがどんなに悲しいことか、きっと誰も知らない。2度目の別れ。こんなことなら、あのとき、結婚式場であの姿を見つけなければ、どんなに良かったか。どんなに良かったことか。
 考えても、考えても、考えても、榊のことばかり。
 寝ても覚めてもきっと、彼のことで頭がいっぱいで。
 きっと、きっと、忘れられないと思う。
 ずっと、ずっと、忘れられないと思う。
 だって、それくらい好きだったから。
 誰にも負けないくらい、愛せる自信はあった。今の自分なら、できないことは、何もなかったのに……。
「うわぁお!」
「……」
 久しぶりの間抜けな大声で目を覚ます。
 知らない間にどうやら眠っていたようだ。
「おったんかいな、びっくりしたわ!」
「……、今、何時?」
「今8時。ハサミ借りようと思って、借りるな」
「……うん」
「で、どやった? ロンドン」
 ユーリは他人のデスクチェアに勝手に腰掛け、なにやら雑誌を切り抜きながら話を進める。
「……ふられた」