「あの、良かったら、詳しく聞かせてもらえませんか? 香月には後でちゃんと説明します。彼女、このところ落ち込んでたようなところもあったので、少し心配していたのです」
 嘘ではない。どこも。
「そうなんですか……。あの、突然、エアメールがきて、それを読んだかと思ったら、すぐに、ほんと10分足らずで部屋から飛び出してロンドン行くって。で、携帯を忘れて行ったみたいなんです。今は、電池が切れたんだと思いますよ」
「携帯……置いて行った……とかでは?」
 自分の顔が歪んでいくのが分かったが、それに対して真籐は何も反応しなかった。
「さあ……ロンドンに行く。としか言いませんでしたし、本当に慌てているようでしたから」
「……、そう、ですか。そのエアメール、見ました?」
「え、はい。えーと、言っていいのかな……」
「彼女にはあとでちゃんと説明します」
 もう一度、釘を刺す。
「え、あぁ……。えーと、彼女英語が読めないので僕が代わりに読んだんですけど、別に普通の内容でしたよ。何だったかな。元気ですか? 僕は元気です、みたいな。もちろんそのエアメールを読んだからロンドンに行こうと思ったんでしょうけど、そんな慌てるほどの内容じゃなかった気がします」
「頻繁に届いてたんですか?」
「いや、初めてでしたね」
「そうですか……」
「……」
 しばしの沈黙。
「あの、聞いていいですか? どうしてそんなに彼女のこと……」
 絶妙のタイミングで衝立の向こうから人が入ってくる。真籐との時間はここまでだ。
 宮下は最初から用のないファイルでなんとなく口元を隠すと、真籐に礼を述べ、そのまま人事室を後にする。
 連絡が取れないと思ったら、エアメールを読んで、ロンドンに……?
 ロンドンの医師が忘れられないことは知っていたが、まさかそこまで思い入れをしていたとは、考えもしなかった。
 少なからず、この3ヶ月ほどで彼女は自分に興味を抱き、気持ちを寄せていると思っていた。そう、確信できる言動こそなかったものの、雰囲気や態度で伝わるものがあった。
 体を重ねたことだって、一度や二度じゃない。「愛してる」という言葉こそ、どちらともかけなかったが、言わなくても、少なくともこちらの気持ちは理解しているものだと思っていた。
 香月がロンドンから帰らない。
 よく考える。医師の居所など知らない。
 いや、待て。坂野咲なら知っている。
 坂野咲に聞くか? 何を、どうやって?
 聞いてどうする? ロンドンに電話をかけて、どうする……。
 ロンドンに電話をかけて……。愛のことを聞く。
 せめてこれからどうするのか、聞く。
 いや、待てば2、3日、一週間で帰って来る可能性もある、それからでも……。
「宮下課長」