言うだけ言って、また机に顔を向ける。
「僕ね、小学校のときに好きだった先生の髪の毛が長くて……そのせいか、それ以来髪の長い女の人を見るとドキドキします」
「……奥様も、長いんですか?」
「いや、妻も昔は長かったけど、今は短いですよ」
「……残念ですね……」
 彼はそれには何も応えない。
 その後、どうすればいいのか動揺していると、目の前に影が現れた。
「香月さん」
 寺山だ。
「あ、はい」
「今晩、食事にでも行きませんか?」
 またこの人はどうしてこんなタイミングで真ん前に座って、こんな知らない人の前でそんなセリフを堂々と吐くのかなあ……。
「え……あ、じゃあ、佐伯さんも誘います」
 今日佐伯は出社だったかどうか、そこから考え直す。
 ただ、大貫は手を休めずちらと寺山を見ると、
「若いっていいなあ」。
 それに対して寺山は
「22です」
 と一言。
 大貫は何がおかしいのか少し笑うと、パタンとノートを閉じて静かに席を立った。
 少し離れてから、息を吐く。実に苦痛な時間であった。ああいう上司だけは、絶対に持ちたくない。
「別に今日食事に誘いたかったわけじゃないから」
「え?」
 そして大貫が十分に離れてから、寺山は続けた。
「あの人には気をつけた方がいいよ」
「え?」
「あの人、ああやって女の人を口説いてるんだ、いつも」
「……へえ……」
 通りで、と思う。
「皆何も言わないけど、実は結構強引に誘うんだよ」
「そうなんだ……」
「今、誘われてなかった?」
 会話をトレースして、考える。
「いや……特に」
「髪、触ってなかった?」
「え、あ、まあ……会話の流れで……」
「気をつけた方がいいよ、超危険人物」
「へー、初めて聞いた」
「うーん、まあ、新店では有名かな、俺も同期から聞いた話だけど」
「なんか、人は知ってたけど、すごい人なんだなあってことくらいしか知らなくて」
「まあ、すごい人はすごい人だけどね……」